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【ショートショート】因果応報
ご近所問題というのは様々ある。
だいたいのものが、やれ隣の大学生が夜遅くまで騒ぐだの、やれゴミ出しにやたら厳しいヒステリックなババアがいるだの、人間に対する諸問題だ。
私の抱えるご近所問題は、似ているが違う。
蛙だ。
カエルがうるさいのだ。
家賃3万ジャストで、駐車場と共益費は込み込み。
周囲500m範囲にアパートや民家はほぼ無い。
「ほぼ無い。」というのは大家 兼 地主が私の住むアパートから北側に、広大な田んぼを挟んで家を建てている以外人気が無いから。
アパートの周り、東西南北がそれぞれ田んぼに囲まれていて、昔、和田竜の小説に出てきた水城のような荘厳ささえ感じる事が出来た。これは皮肉だ。そんな立派なものじゃない。
私は、今年の4月からこの自治体で地方公務員という立場で働いている。
人口2万人弱の零細地方都市。過疎化が進み、10年後には消滅しているのではないかと揶揄されるような集落。そこで公僕として生きている。
憧れの9時5時生活。しかも夏冬必ずボーナスが発生する。休みはカレンダー通りだし、車があればなんだかんだ県内の移動は不便ない。
夢や希望が無くとも、何者になれなくとも、こうやって田舎でのんびり生活できるなら、それはそれで良いじゃないかと思う。
そこにあのカエルだ。
カエルどもが田んぼじゅうで、つまり家をぐるっと囲んで、大合唱するのだ。何千何万のおびただしい生命が夜な夜な叫び狂うのだ。
「そんなの、すぐに慣れるさ」
同期の兒玉が私にそう言う。兒玉は生まれも育ちもこの集落の人間だから、すでに耳が慣れているのだ。
私の悲痛な思いなどわかりっこない。
薬を撒く、という荒技を思いついたがすぐに却下された。それは大家の田んぼを科学的に荒らす犯罪行為だからである。
「天敵のヘビでも放したらどうだよ?へへへ」
児玉はだらしの無い笑顔を向け私にそう告げる。
週末のサラリーマン。赤提灯の灯る夏の焼き鳥屋で、平日の疲れを溜飲するかの如く、児玉は酔ってしまったようだ。
翌日、私は県内某所のペットショップに行き、体調2メートルはあろう白いヘビを購入した。
中古の車が一台買える。でも私の安眠と安楽な夜のひとときをこの値段で買うのだと思うと心は晴れやかだった。
私は軽トラの荷台に専用のケージを縛りつけ、その中にヘビを搬入し帰宅した。
「目にもの食らわせてやる」
無性に夜が待ち遠しかった。
日が沈み、「ゲゴゲゴ」っとご近所が夜の訪れを知らせる。いよいよだ。
私はケージを載せたまま軽トラをアパートの南側につけた。ここなら丁度、アパートが死角となって大家からも見られない。
ヘビは無毒だが、暗闇の中で赤く光る眼を通して、ご馳走が見えている。赤外線で熱を感じるらしい。映画『プレデター』のアレだ。捕食者と呼ばれる地位に君臨するだけのことはある。
ケージの柵を解放し、私は冷凍されたネズミの死体を蛇の顔に近づけながら徐々にその巨躯を田んぼに向かわせた。
ヘビは腹がよほど減っていたのか、音もなく体をスルスルっと伸ばしネズミをパクッと丸呑みにし、ドボンと鈍い音を立てながら田んぼに張った水面のなかに消えて行った。
「スルスル、パク、ドボン」
私は、私の計画が順調に完遂した事に心躍った。
あの日から1ヶ月が経ったある夏の終わりごろ。
私は一人、マイルズ・デイビスの『リラクスィン』を聴きながらウイスキーとナッツ、そして自家製ローストビーフを愉しんでいた。実に優雅なひとときだ。
1ヶ月前では考えられない。あれからカエルの鳴き声はピタリと止み、夜が本来の静けさを取り戻した。
ピンポーン。
時刻は22時。こんな時間に一体誰だろう。
私は、防犯用の木製バットを右手にひっかけ、恐る恐るドアスコープを覗きこむ。
大家だ。音がうるさかった?いや、音楽はイヤホンをして聴いていたからそんなわけではない。
じゃあなんで?
私は警戒を解かずに「どうされましたか?」と要件を窺った。
大家は無言のまま、ドアの前に立っている。
その表情筋はなんの機能もしていないようで無表情。
というか、意識混濁者のようにのぺっとしている。
はっきり言って不気味すぎる。
しかし、何らかの体調不良があって、力を振り絞り助けを求めて家まで来たのだとしたら…
「あの、どこか具合でも悪いんですか?」
ゲコゲコ。
「はい?」
ゲコゲコ。
オマエノセイダ。
「あの…はい?何て言」
オマエガ蛇ヲ放シタ所為デ、
仲間ガ大勢食イ殺サレタ。
大家の手には三日月のように鋭い鎌と、あの日放流したヘビの生首が握られていた。
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