ERP会計:2-4 在庫の悪用 循環取引(後編)

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 前編で、循環取引の肝は、キャッシュの回収を、半永久的に先送りすることだと書いた。
 2-2の項で、「貸借対照表」上の左側(借方)の金額の合計は、今会社にあるすべての資産をキャッシュに換算したらいくらになるかを示していると解説したが、循環取引で現金として回収できない分は、売掛金と在庫を積み上げることでバランスを取る。やや古い例となるが、1990年代後半から2000年代初頭にかけてのカネボウの事例で検証しよう(注1)。
 公表された訂正財務諸表の訂正前の数字を見ると、2000年3月期の売掛金と棚卸資産(注2)の対売上比率がそれぞれ16.6%と18.4%(計35.0%)であるのに対し、翌3月期は21.8%と21.4%(計43.3%)、翌々3月期は31.9%と20.2%(計52.0%)と、実に1.5倍にまで膨れ上がっている。まだ四半期決算もおこなわれていない時代なので、期末にいったん売上を立てた(相手勘定として売掛金が積み増しされる)ものを、翌期のどこかのタイミングで買い戻し、そこでこの売掛金を在庫(棚卸資産)に振り替えるという処理をおこなうことで、売掛の回収を逃れていたものだろう。仮に2000年3月期の売掛金の比率を維持したとして計算しなおすと、2002年3月期の棚卸資産は対売上で35.3%ということになり、2000年の16.6%に対してほぼ倍増というとてつもない規模になっている。これは、一方では粉飾の規模が大きくなっていたこと、他方ではこの取引に関与する第三者(商社等)の手数料を在庫評価額に上乗せしていたためである。
 これでさらに2年はお咎めなしで通っていたのは、そういう時代だったのだろうし、今はここまでシンプルな粉飾が行われることはあり得ないが、やはり複式簿記会計というのはよくできたもので、どこかで不正をおこなおうとすれば、それが財務諸表の歪みとなって露見するという好例だ。
 後半は、いかにこのような不正を防ぐかを見ていこう。SOX法(注3)以後の我々には「職務分掌」という呼称にもある程度の馴染みがあると思うが(注4)、これをひらたく言えば、一人の人が幾つもの役目を持たないようにし、相互に牽制を効かせるということだ。カネボウ粉飾事件の時代でも、製品を出荷する際には出庫伝票が起票されていたと思うし、受入があれば入庫の処理があり、その伝票が経理に回って会計的に処理されていたはずだ。が、各種資料によれば、件の循環処理にかかる取引は「会計伝票上だけで処理されていた」ということで、何ら実態としての取引の裏付けを持たないものだった。
 ERPで業務系モジュールを利用している場合であれば、そもそも会計伝票だけで処理するということはあり得ない。入庫なり出荷なりの処理から、会計伝票が自動起票されるからだ。逆に言えば、会計伝票だけで処理されたものには、実取引の裏付けを示す証憑添付を義務付ける、監査等では、その内容を集中的にチェックするというルールと運用が必要となる。
 入出庫の対商品が品目マスタ(カタログのようなものだ)に登録されていれば、単価も一定範囲を逸脱しようとすると何らかの警告が発せられる。通常取引の対象となるものであれば、当然、品目マスタに登録されているはずだし、すでにデフレ時代に突入していた2000年前後に単価が2倍になるなどということはあり得ないだろう。また、製品在庫の積み増しよりも手の混んだ粉飾手法として、原材料や貯蔵品の積み増し(注5)があるが、これも品目マスタで単価管理をおこなうことで、同様の牽制効果が期待できる。
 また、在庫は定期的に棚卸しが実施され、既に賞味期限の切れた商品などは減損の対象となる。2-1で見たGibsonギターの破壊は、そうした不良在庫処分の最たるものだ。
 さらに、売掛金があり得ない規模に膨れ上がった取引については、関与する迂回先に対する与信残が相当な勢いで上昇するはずだ。受注段階から与信管理をおこなうことも有効な対策となる。
 前編で上げた循環取引の例では、在庫を伴わない無形資産(ソフトウェア・ライセンス等)が取引の対象だったが、こうした場合では、販売パートナーからの注文書に加えて最終消費家からの需要証明(Proof of End User)を添付するなどの制度設計が有効だ。
 同時に、こうした仕組みをSFAに組み込むことで、納期回答が迅速化され、収益改善にもつながり得るのだが、この点はまた別の項で触れることとしよう。

注1) カネボウの粉飾で在庫(=含み損)が積み上がって行く様は『粉飾の論理』(東洋経済新報社、高橋篤史著)などに詳しい。

訂正前後の財務諸表ベースでの比較は、香川大学大学院のマネジメントケースが初学者にも比較的理解しやすい形で整理されている。
http://www.gsm.kagawa-u.ac.jp/…/KAGAWA-CS%20No.9%20KUWABARA…
参考データとして公開したExcelは、このケースのデータに依拠しています
注2) この場合、棚卸資産≒在庫と考えて良い。カネボウの財務諸表では、棚卸資産の内訳として製品、原料、仕掛品、貯蔵品が含まれているが、製品が棚卸資産の7-8割を占める。
注3) 米下院で同法を議員立法で提案したサーベンスとオクスリーの名前(頭文字)を取った略称、同法は会計処理上の不正や誤謬を防ぐ「内部統制(適正な会計手続きのルール)」の整備評価を経営者に義務づけている。
注4) 職務分掌を英語ではsegregation of dutiesといい、duty(責務)をsegregate(分ける)ことだ。Segregateの逆がaggregate(集める)であり、英語の方が直感的に理解できる。
注5) 循環取引だけでなく、原価を小さく(利益を大きく)見せる目的で利用されることが多い。

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