経験>身体知>言語化>言語知>伝達効率>課題意識>好奇心
想像力を獲得するプロセスについて考えてみました。
おそらく、最初は半強制的に与えられた経験の機会があって、そこから感覚的な身体知を得るのだ思います。
身体知とは、言語化できていないけど感覚的に「そうだよな」と思えること、と言えるでしょう。
身体知を言語化しようとすると、たくさんの身体知的要素が捨象されつつも、再現性の高まった言語知に落とし込まれるでしょう。
言語知化してやっと他者に効率的に伝達できるようになるでしょう。※「俺の背中を見て覚えろ」ではなくて、言語で説明できるようになる、ということ。
しかし、言語化の段階で捨象されたたくさんの要素が抜け落ちるので、時間を分母にした場合の効率は高い状態で伝えられたとしても、伝達する内容を分母にすると伝達効率は低下しているでしょう。
そのときに、伝達効率の低さを課題として捉えられるかどうか?が重要と考えられます。
そこに課題意識があれば、言語化のために何が必要か?という課題設定が可能になります。
課題が設定できれば、解決のための手段を得るために、周囲への関心が高まります。
周囲への関心、つまり好奇心が次の経験へと繋がります。
このサイクルから「経験>身体知>言語化」の部分が抜けると、伝達効率の低さにも気づきにくく、好奇心ドライブの状態まで進めません。
まだ、身体知と言語知の間で捨象されるものの多さを知っているからこそ、他者や外部から自分に伝わってくるモノ、コトに対しても「何か捨象されている部分があるはず」と考えられるようになるのでしょう。
これが、想像力の獲得、と言えるのでしょう。
だから、子どもに限らず学んでいる人にとっては経験から始まるサイクルが重要ということになると思います。
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