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【小説】未来から来た女(15)

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 悠太は壊れそうなほどの腕力で、美穂を背後から抱きしめる。

 言葉は、ときとして邪魔になる。愛だの、恋だの、好きだの、惚れただの、喋れば喋るほど、その本来の感情が薄まってしまうことがある。
首筋に踊る、悠太の吐息が、いまの美穂には、どんな優しい言葉より、情愛を語りかけてくれるのだ。
 美穂は、何でもない毎日を重ねること、大好きな悠太と一緒にいられることを、改めて幸せに思う。そして、悠太は美穂の心からの叫びを、再び聞いていた。
「私が悠太の浮気に耐えていることなんか、ただの一度たりとも考えたことなかったでしょ!」
 そういえば、悠太は最近、美穂の心の有り様に、思いをめぐらせなくなっていることに気づかされた。でも、それを素直に口には出せなかった自分を改めて諫めた。
 炊事、洗濯など、身の回りの世話をしてくれていることを、あたりまえのように思っていた。というより、思いすらしなかたという方が、もっと正確な表現だろう。
 荒唐無稽な話から、オレが密かに気づいて、改心してくれるだろと、美穂なりの優しさを聞かされた。ちょっとした日常でも、オレのことを気に掛けてくれているのが心底から嬉しかったのだ。

 そして、日曜の夜は、悠太に誘われるまま、枕を抱いて悠太の部屋を訪れる美穂。

 そして、月曜の朝が明けた。

 出勤する悠太を玄関まで送る美穂。「きょうは、・・・」と、言いかけた悠太の言葉を遮って、「定時だから、7時には帰る」と、悠太の口調を真似て言う美穂。口角を少し引き上げ、プッとお道化て見せる悠太。次の瞬間、美穂の左頬に風のような、軽い悠太の口づけが弾んだ。
 そして、ドアを開けようとする悠太に、下腹を撫でながら美穂が微笑んで言う。「赤ちゃんができたカモ?」目玉を飛び出させる悠太。「か・・・もね?」悠太の応えが、ドアの閉まる音でかき消されそうになる。でも、美穂にはちゃんと聞き取れた。そして、美穂は未来から来た女が、連れて来てくれた幸せに、ドアの前でしばらく浸っていた。(了)

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