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【小説】未来から来た女(7)

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午前様一歩手前の悠太である。
 
 今さら急いでもしかたのないと思いつつ、オレはK駅の改札を駆け抜けたい気持ちになる。かといって、美穂のあのご機嫌斜めな顔を見るのも辛い。プイッと背を向け、さっきまで居た彼女の居心地いい部屋に戻りたいとも思う。気持ちの整理がつかないまま、オレは、マンションのエントランスに着いた。エレベーターは、深夜の静けさに不釣り合いな、大きく軋む機械音を響かせて停まる。
 ますます重たくなった足を引きずるように、辿り着いた自室のチャイムを押す。返答がない!オレは、胸騒ぎがした。『美穂のヤツ!いよ!いよ!広島へ帰えちまったんじゃ~』取り出したキーが、いつもの様に簡単に、鍵穴を捉えない。動揺が指先に伝播したのだ。
 恐る恐るドアーを開ける。飛び込んで来たリビングの明かりに、人の気配を感じ安堵する。「なんだ!いるんじゃないか?」オレは、リビングの仏頂面の美穂に、間抜けた顔で言った。
 そらそうだろう、定時に帰ると言って出かけた夜は、決まって深夜に帰って来るのだから。仏の顔も三度までだろう。でも、いい分けがましく言うと、朝はそのつもりなんだけど、彼女の「もう少しだけいいでしょう~」の誘いを、つい断れない自分がいるんだから仕方ないと悠太は思う。
 彼女には魔力が備わっているからしかたのない事なんだ。都合のいい理由付けが得意な悠太。脆弱で優柔不断な心根を、立派な理由にできる甘ちゃんなのだ。かといって、美穂のことが全然、嫌いなわけでない。少し気の強いところはあるが、しっかり者である。口より先に手が動く、美穂は働き者でもある。頑固なところは、義父譲りだが、料理の上手さは、義母のよき伝承者でもある。オレが見込んだ通りの、よき嫁だと思っている悠太である。
 さっさと寝てしまうこともなく、こんな深夜まで、糸の切れた凧の自分を、待っていてくれた美穂を、悠太は改めて惚れ直す。「ゴメン」が、悠太の口から自然と飛び出す。料理に手をつけようとしたとき、美穂が突然話し始めるので、小言だ!と身構えたが、世間話のようなので、ほっとしたオレは、食事に箸を進めることにした。

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