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【人間観察】Sさんを見舞う

入院中の知人Sさんを見舞うため、成田の某病院まで車を二時間程走らせた。いつもは混み合うらしい、その病院の駐車場は、日曜日とあってガラガラだった。

病室503号室は、出向く前にSさんから聞いていた通り、ナースセンター裏手の分かりづらいところだった。

「見つけたゾ!こんなところでサボってる場合じゃないでしょ!」

「・・・」

<やまのぼ>の軽い冗談にSさんの土色の顔は、前回のように、決してほころばなかった。

Sさんの直腸ガンは、一年も経たないうちに、再発したのだ。

まだ49歳のSさんには、嫁入り前の娘さんと、障碍持ちの息子さんがいる。

「娘は薬剤師の免許がもうすぐ、とれそうだから心配ないんだけど、息子の方が…」

Sさんは、声を詰まらせながら運転免許をとる前に、発症した息子が不憫だと、両目にタオルを被せ、それを外すとき、そっと瞼の湿りを拭った。

自分の死とまともに、向き合った父親の息子に、かける力一杯の愛情に触れ、<やまのぼ>の目頭も熱くなった。

「なるようにしかならない!」

<やまのぼ>は、流れ出そうとする涙の川を辛うじて、堰き止めてヤケバチのようにいった。

とても乱暴ないい方だけど、考え、悩んでもどうしようもないことが、この世にはゴマンとある。

<運命>と言う簡単な二文字でありながら、固い岩盤のように、とても動かしがたい重い石に、行く手を阻まれるときが度々あるモノだ。

でも人間は、とても利口な動物だ。決して狼狽えたりはしない。静かに、受け止めることがベターだと心得ているのだ。

「・・・」

「・・・」

二人は、あの沈黙のひととき、そんなことを互いに確認し合っていたようだった。

「じゃあ!お大事に」

<やまのぼ>は、まだまだ言うべき言葉がたくさん残っているようで、すべてを語り尽くしたような複雑な気分で、病室を辞去した。

そして

<やまのぼ>は、誰もいない駐車場で、涙を流しながら、しこたま泣いた。

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