春にして君を離れ

後輩指導が不調だ。
ここ2、3年の間、後輩たちが成長している様子があまりない。いや、こう書くのは彼らに失礼だ。勿論彼らは成長しているし、よく頑張っているのだけれど、なんだか私(とボス)の指導が上手くいっていない。

私は博士課程の学生であり、ボス(教授)の手先として、修士と学士の学生に日々ニラミをきかせる仕事を請け負っている。
後輩の実験の進捗を聞き、ボスへの進捗報告に同席してボスからの指示を一緒に聞き、実験系を組み立て、実験の様子をチェックする。
また、当研究室はプレゼンテーション技術の向上に力を入れており、ボスを交えてプレゼン指導を何度も繰り返している。

手厚い指導をしている、と私は思い込んでいたのだが、もしかしてこれ、良くないんじゃないか?と、ちかごろやっと思い至った。

なぜなら、「物事を体系的に捉える考え方」を後輩たちがいっこうに身につけない。何度プレゼン指導しても、あまり良くならない。人に何かを伝える意欲が感じられない。
「こんなに教えているのに、どうしてこの子たちは満足に実験の進捗も説明出来ないんだろう」と、自分は傲慢にも、後輩たちに不満を感じていた。
しかし最近、後輩のうちの一人が「自分の実験なのに、主体性を感じれない、言われたことをこなしているだけのような気がする。自分がただの実験道具のように感じる」と打ち明けてくれて、やっと目が覚めた。

一言だけ、ここでだけ、言わせて欲しい。私は後輩の指導をして一文の得にもならないし、せいぜい謝辞で感謝を述べられるだけの存在である。後輩にデータを取らせて自分の論文を書こうなどというあくどいこととをしているわけでは断じてない。彼らを実験道具として扱っているわけ、ない、マジで、ガチで、本当に、ない。自分の時間を割いて後輩に教えているつもりだったので、これがまた、とても切ない。

後輩の説明がたどたどしく、ボスに上手く伝わっていなかったから、横から口出しして説明したり、実験をちゃんと出来るか不安だったからノートをチェックして細かく指示を出したりしていた。「この論文が参考になるからここ読んで!」と、論文も渡して、分からなかったら内容を解説していた。
プレゼン練習も、「これが分かりにくい、こう直した方がいい」とボスと二人で寄ってたかって指導した。

でも、彼らが飲みの席で打ち明けてくれた内容は、「自分よりずっと知識のある教授(ボス)とドクター(私)に寄ってたかって"間違っている”と言われたら、言われた通り思考停止で直すしかなくなる。直すことに精一杯で、自分で考える余力がない」
「ボスとドクターに二人して”こう”と言われたら、そうなんだろうなぁ、と他人事のようにしか思わない」
「そうして過ごしているうちに、自分の実験の意義が分からなくなってくる」ということだった。

私はその時、「おいおい、自分が考えられない理由を人のせいにするんじゃあないよ、考えることを止めるな。納得できないなら歯向かって、反論しておいでよ、納得するまで付き合うから」と偉そうに言ってしまった。

私は礼儀知らずでふてぶてしいので、目上の人に「間違っている」と言われても、自分が納得できるまで「これはこういうつもりなんですが、どの部分が間違っていますか?」と口答えすることが出来る。
でも、中には「知識のない自分が先生に反論するのは失礼だ」と思って、言えない人がいる。あるいは、反論したいのに、上手い言葉が見つからず口ごもってしまい、言いたいことを言えずに終わってしまう、そう言う人の方が世の中には多いのかも知れない。

私には、そんな他人への想像力が欠如していたのだ。私は自分が作ったものさししか持っていなかった。自分は平気でそれが出来るから、「わからんかったら聞き直しなさいよ、なんで言ってこないの?」と思ってしまった。
後輩から見て私は、頭ごなしに実験のやり方全てを指示してくる、傲慢な先輩だったのだ。
私は後輩たちに知らず知らずのうちに苦痛を強いてしまっていた。
私としては、後輩たちにのびのび研究して欲しいと常々思っていた。プロジェクトが絡んでいない卒論研究や修論研究では、研究室の予算をある程度好きに使って、自分のやりたい研究を面白がってやって欲しかった。
私はアカデミアで食っていくのは諦めたわけだが、「研究」自体は基本的にめちゃめちゃ面白いと思っている。小学生の自由研究の延長のように、「なぜ?」を追い求めて「これを調べたらこうなった!」を楽しんでほしかった。でも、その機会を彼らから奪ったのは他でもない私だった。
どうしようもなくふがいない指導者で本当に申し訳ない。

さて、アガサクリスティーの「春にして君を離れ」さながらの反省文はこれくらいにして、それでは今後、後輩達が楽しく研究をするために、私はどうして行くべきかを考えたい。

まずは後輩の話に口を挟まずに耳を傾ける。
それと、私がいるとボスが殆ど私に向けて話しかけてしまうので、ボスと後輩の話し合いには私は同席しない方が良いように思う。
また、一度、プレゼン指導を行わず、一度彼らが自力で作ったプレゼンで本番の発表をさせてみる。
私が指示を出さずに野放しで実験させてみる。自分で考える癖をつけさせる。
そうして後輩が困って相談に来た時に初めて丁寧な指導を行う。


私が少ない知恵を絞って考えだした解決案はこのくらいである。こんなので上手くいくだろうか。なんだろう、失敗して私がボスに怒られる未来が目に浮かぶ。もうほんとにどうしたらいいかわからない。


ふと本棚を見ると、2年くらい前に買って未読のままの、カーネギーの「人を動かす」に埃が積もっていた。
「こんなとき、カーネギーならどうするの…?」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?