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盛大に転んで、それで 11/04

久しぶりに転びました。
笑ってしまうくらい、見事に。

それで、手のひらを擦りむいて、膝を打ったりして、まぁあとは時間が経つと色々痛いです。

でも、そのおかげで感じられたことがあり、それを忘れないように、そして忘れないうちに、言語化してみます。

ひとつめは、転ぶということで世界が揺れたということと、見る視点が変わったということです。
たとえ一瞬(一瞬は無理があるか)でも、ほぼ地面に顔がある状態って、寝転ぶ以外にはないし、でもそうそう"そうしようとして"道の真ん中に寝転ぶなんてことはできないので、久しぶりにとても貴重な体験をしたなと思った。

今これを書いていて、確かそういう小説があったと思い出し、記憶をたどってみたらこの本に行き着いた。

こちらは表題作を含む短編集なのですが、まさに表題作「夏を喪くす」の中にそういうシーンが出てきます。

ちなみに、原田マハさんの公式サイトがとても素敵なのでこちらもご紹介。今回本を検索して初めて拝見したのですが、根本的にわたしは原田マハさんの持っておられるoutputセンスみたいなものが好きなんだと感じました。

マハさんが発起人であるという京都にある〈食〉のセレクトショップ!(ぜんぶインスタページの受け売りです)

なぜかプロフィールページのリンクが上手く読み込めず貼れなかったのでこちらの投稿で。

話がescapeしすぎました。
そう、わたしが久しぶりに盛大に転んだ話をしているのでした。
まだうまく言葉になるほど体験を消化してないけど、体感としては「転べて良かったな」という感じ。たぶん転ぶ必要があった。強制的に、視点を変える必要と、それを体感する必要が。

なぜならそれは、それが象徴的な出来事として受け取れるような無意識の変化が、その前に起こっていたからです。ちゃんと出来事として伏線が回収されたことに感謝の気持ちというか、そういう不思議な感覚も含め、とても良かったと思うのです。痛いけど!笑

ふたつめは、手を擦りむいたことで掌を見詰める時間がもてたということです。

先日行かせてもらったパークホテル東京でも、実はこの手のひら(タナゴコロ)という文字を目にしていて、とても印象に残っていました。

※ パークホテルさんには、先日ホニャララLIVEに出演されていた井内さんの作品を見に行かせていただきました。

久しぶりに手のひらをまじまじと見てみたら、今までに無かった線が増えていたり、丘の境界線が前より何となく薄く無くなっていたりして(薄いという表現で合ってるのかわかりませんが感覚として)。

それでハッとなって左右を較べてみると、左右差もあるし、これは面白い!と。

ちょっと手と対話をしてみたいと思います。
実は、昨日も友人の手のひらを見せてもらうということがあり、そのときもサラリと見ていたのだけど、何だかんだ自分のはあんまり見てなかったんだなという気付きにもなりました。

自分に向ける視線や視点について、いろいろな視点や視線が得られた(物理的にも、感覚的にも)貴重な経験でした。
たまには、転んでみるのもいいかも(苦笑)


ではでは、みなさま本日も良き一日を。

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