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魅力度最下位 茨城の、笑顔に満ちた自酒づくり

関東で最も多い39の酒蔵がある茨城県。しかし、茨城=酒処というイメージが定着しないのはなぜか。国税庁の資料では、平成28年の生産量(製成数量)でシェア僅か0.78%、順位は23位だ。1位は、兵庫県で25.78%。関東では埼玉が4位で、千葉と栃木も茨城を上回っている。この数字から、茨城の酒蔵は小規模で、そのほとんどが地元で消費されてきたのではないかということが読み取れる。更に、肝心の蔵の数もこの7年で10も減っているのだ。地酒ブームとも言われるなかで、茨城にも酒好きに知られる名の通った蔵や、最近の鯖缶ブームに乗ってヒット商品を生み出した蔵もあるものの、蔵の数が減っているという現実に改めて私は驚いた。地元に愛されてきた酒が無くなっていくという事は率直に言って淋しい。これは蔵元が厳しい状況であることの現れなのだろうか。そんないまだからこそと、自分たちの酒を造ろうと新たな取り組みを進める人たちと出会った。

茨城県常陸太田市。水戸市から20kmほど北に位置し人口約4万9千人。日本一の高さを誇るバンジージャンプの名所で、GoogleのCMに使われた竜神大吊橋もある。そこで、自分達の手で自分達の酒を作ろうと地元の人を巻き込んだ「常陸太田自酒プロジェクト」は立ち上がった。2012年に地元の酒蔵である岡部合名会社と、地域に根ざし持続可能な農業を目指す栗原農園の若き担い手達を中心にスタート。初めはなかなか参加者が増えなかったが、今では5月に行われる新酒の完成とその年の田植えを祝うイベントに200人以上が集まり、会場となる酒蔵の敷地いっぱいに賑やかな声が響き渡るという。それを知って今年2月、まずは手始めにと酒蔵見学に訪れた。

2月16日。日本酒造りが佳境を迎える常陸太田市小沢町の岡部合名会社。蔵の中は甘い香りが広がり、発酵が進むタンクを覗き込むとポコポコと泡立つ音が響く。実際に間近で見て触れることで、それまで知識としてはあった日本酒造りの魅力や苦労の一端をより深く垣間見られた。酒造り米作りへの想いを聞くにつれ、春の田植えへの興味が増し、初めての酒蔵見学は大満足に終わった。

そして5月11日。栗原農園のある常陸太田市芦間町、天気は快晴。鳥のさえずりが響き、カエルを追いかける子どもたち。みんな一緒に自らの手で田植えをする。植えられるのは酒米の美山錦。200人が2列に分かれ40分。これが田植え機なら1人、15分で終わるというのだから、先人たちの苦労には頭が下がり、また技術の進歩が果たす恩恵にも感謝する他ない。植えたばかりの苗は水田で頼りなく揺れているが、秋には大きな実りとなりそれを使って日本酒が造られる。まだまだ想像もつかないけれど、田植えを終えた水田の縁に座り食べるおにぎりは格別だった。

「常陸太田自酒プロジェクト」で造られる日本酒の名前は「ご縁だね」という。人と人の繋がり、出会いや縁が広がって欲しいと願いを込め名付けられた。その名前のご利益を感じさせる出来事もあった。新酒の完成と田植えを祝う宴の参加者はほとんどが地元の皆さん。隣の日立市出身の私はいささか所在なく参加していたが、9人組のグループと相席になり、すっかり打ち解けてくると、初めに声をかけてくれた男性は、私の叔父の家のお向かいさんである事が発覚。また、以前勤めた職場の後輩を知り、彼の母親とは仕事仲間だという方までそのグループにいたのだ。世間が狭いといえばそれまでだが、どこでどんなご縁が結ばれるやらと、“ご縁だね”の力を実感し、心から酒宴を楽しんだ。


地産地消。すっかり浸透したこの言葉。でも私は、地元だけに目を向けている広がりのない内向きな印象も持っていた。しかし、その場を訪れ皆さんから感じたのは、そんなイメージとは真逆の、より良い地域にしようという気概や、外に向けた発信力。良いものを作り続けようといった開放的なエネルギーだ。今求められるものとして、インバウンド需要や輸出の拡大など外的要因を伴う事がよく語られ、無自覚のうちに意識が外に行きがちだったのかもしれない。しかし、そもそも、まずは自分達の足元がしっかりと機能し力をつけてこそ、魅力あるものがそこに産まれ、それらに向かっていく事ができるという、思い返せば当たり前のことにも気づかせて貰った。

米を育てる人、酒を造る人、そして飲む人。みんなの顔が見える自酒「ご縁だね」道の駅や直売所の登場により、生産者の顔が見える食材を買うことは珍しくなくなった。しかし、それらが作られる過程を、私達は理解しているのだろうか。だからこそ、体験を通して人の営みを知ることができるこの酒が、地域の人々だけでなく、沢山の人に愛されるものとなって欲しい。米と水、麹に酵母。材料がシンプルであるが故に、その地域や人々の味が出る日本酒造りという文化が、こうした人々の努力で続いていくと私は信じたい。

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