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群衆 ⑯

男は革命を始めた。

男は群衆を侵攻させた。刑務所内から出てきた看守たちにすぐに群衆を向かわせ彼らを取り込んだ。

男は刑務所内に侵入するため看守に扉を開けさせた。
男は微笑した。
これほど正々堂々と刑務所に侵入する人物などどこを探しても見つからないだろう。今男は確かに歴史に名を刻もうとしていた。

男が刑務所内を群衆で埋め尽くさんとするその時であった。
通路の前方(男は群衆の中心にいた)で発砲音が聞こえた。
男はそれを気にする素振りも見せず襲撃を続けた。

群衆は命の価値を軽視させた。
人間の数が多ければ多いほど死人の数値というものは軽視される。死人の数が1人であったなら、その1人は英雄のごとく祀り上げられるであろう一方で死人の数が千にも上ればうち1人の名前など赤の他人にとってはどうでもよくなる。すなわち1人1人に目を向けるのではなく千人という総体的な数値に焦点を当てる。
男はそれを理解していた。そしてそこに人間性をも感じていた。

男は躊躇なく群衆を盾とした。
男は群衆を愛していた。個人を愛することは決してなかった。故に男は躊躇いも悔悟することもなかった。

男が刑務所に侵入してから約数十分で男は刑務所を制圧した。
そして男は次の段階に進むことにした。
解放である。
男は囚人たちを解放した。
囚人は群衆に対して忠誠を誓った。
男に特異な能力があろうとなかろうとそんなことはどうでもよかった。
彼らにとって男は彼ら自身の変革者であり、神同然であった。

「男が解放してくれた」

囚人たちを跪かせるのに言葉は必要なかった。

男は無法地帯をつくろうとしていた。
無論革命のためである。
 
数日後、男は都内付近の刑務所、拘置所、警察署をすべて襲撃した。

襲撃はすべて群衆に行わせた。
死亡者多数。多くの死因は異例の圧死であった。

男には他者の考えることが手に取るようにわかるようになってきていた。皆一様に解放をもとめていた。内に眠る獣を解放することを強烈に欲していた。男は解放を促進させた。群衆を使って、革命という名の暴力を振るった。

東京は今や無法地帯であった。
窓ガラスの割れた街。散乱した塵芥。火事。

革命実行後、都内の「犯罪者」が脱走したこと、そして都内の「警察」という組織が壊滅したというニュースは瞬く間に世間に広まり、犯罪が多発した。
始めは皆様子を伺っていた。しかし一人がネット上に犯行の一部始終を公表するとその小さな火はあたり一面に燃え移った。
次々に犯罪に手染める者が出始めた。法律は存在しても、逮捕するものがいなければそれは意味をなさない。

男はその様子に酔いしれ、一通り革命が終わるとまた群衆化を解除した。

睡眠をとる間は能力を行使できなかったためである。
男は胸を躍らせながらも、疲労の為か即座に眠りについた。


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