エリヴェットと白鳥のドレス
第五章 満月の夜
シュヴァン王子は焦っていました。次の新月までにどうしたら、みんなに本当のことを分かってもらえるでしょうか。自分が殺されてしまっても、影の国の女王はすぐにも三つの国を支配下に入れて、光の国を滅ぼしにやってくることでしょう。女王の企みを知っている自分しか、光の国を危機から救うことはできないのに……。王子は毎晩バルコニーから月を眺めては、この国と王家を守ると言い伝えられている白鳥の女王に祈りを捧げていました。
すると満月の二日前の晩、満ちていく明るい月の下で、不思議なことが起こりました。バルコニーの下に広がる草むらの中に、きらきらと輝くものが現れたと思うと、とても美しい歌声で、聞いたことのない子守唄を歌いながら、優雅に踊り始めたのです。その子守唄はゆっくりとした優しい旋律で、王子の心を安心させました。次の晩も、城の皆が寝静まると、それはバルコニーの下に現れました。昨晩と同じ子守唄を歌いながら、優雅に舞い続けています。 昨日よりも少し明るい月明かりに照らされたその顔は、よく見ると人間のものではなく、白鳥のくちばしのようなものがありました。祈りが通じて、白鳥の女王が助けに来てくれたのでしょうか。
満月の夜になり、また美しい歌声が聞こえてきました。一番明るい月の下で、それは昨日より一層輝きを増したように見え、軽やかに舞うたび、ドレスに付いた花のような飾りが光を強く反射しています。すらりと長い首には、白いたくさんの羽根の形の首飾りがきらめいていました。しばらく眺めていると、その女の人は王子に、「降りてきて」と合図を送っているような仕草をしました。王子はこの存在を信じていいものか、一瞬戸惑いました。けれどももし、今目の前で歌っているのが悪魔の化身だったとしても、何もしないまま処刑されるのを待つよりは、いいかもしれません。シュヴァン王子は誰にも気づかれないように、お城を抜け出しました。その人は走って王家の敷地を抜けると、すぐ隣の町を駆け抜け、王子は懸命にそれについて行きました。隣の村を過ぎ、その村の外れまで来ると、その人は深い森の手前で一度立ち止まりました。そこには小さな修道院がありました。そこでその人は、ドレスについていた輝く花を一つ取って地面に落とすと、暗い森に入って行きました。その花はよく見ると、鏡で出来ています。シュヴァン王子は夜の森に慣れていなかったので、森に入るとだいぶ遅れを取りました。けれどもその人が一つひとつ落としていった鏡の花が、満月の光を反射して輝き、王子はそれを辿って行ったのです。かなり森の奥へ入った頃、大きな湖が見えました。そしてその湖まで来ると、その人の姿は消え、何かが湖に飛び込んだように見えました。最後に落とされた鏡の花のそばには、見たこともないほどぼろぼろの、みすぼらしい衣が一着、置いてありました。
ここに来て、王子は理解しました。たった今、目の前の湖に帰ったのは、伝説の白鳥の女王で、自分と光の国を救おうとしているのです。王子は白鳥の女王の助けに心から感謝して、そのみすぼらしい服に着替えると、着ていた服をわざと湖のほとりに置きました。そして近くの樹の皮を剥ぎ、その肌に短剣でこう刻み付けたのです。
光の国の王子シュヴァン
湖深く
永遠に眠る
王子は、鏡の花を一つ一つ拾って森を出て行きました。
お話を聴いていた皆さんは、この不思議な女の人が誰であったか、もうお分かりでしょう。そう、エリヴェットです。彼女は不思議な夢の中の、子守唄の詩の言葉を信じて、シュヴァン王子を救うため、色々と考えを巡らせました。三つの国でもらった宝物を組み合わせて、自分が白鳥の女王に化けたのです。湖のそばに王子を連れて来た時、彼女は素早く木に登って隠れました。鏡の花は全部落としていましたし、辺り一面の木々の葉は宝石で出来ていたので、月はエリヴェットよりも木の葉を照らし、彼女は上手に木に隠れていることができました。彼女は木の上から白鳥の仮面を水の中に投げ落とし、あたかも白鳥の女王が水に入ったかのように見せかけたのです。
森の奥の湖のそばに、王子の服が置かれてあれば、いずれ王子を探しにくる王様の兵隊たちは、王子が処刑を恐れて自ら湖に飛び込んだとでも思うでしょう。賢いエリヴェットはまた、王子が隠れる場所まで手配しました。偶然にも村のはずれに、王子が身を潜めるのにうってつけの修道院があったのです。人々から忘れ去られたようなその小さな修道院に、エリヴェットは王子をかくまうようにお願いしておきました。こうして、エリヴェットの計画は全て上手くいきました。
ぼろ布をまとって暗い森を出てきた王子は、修道院の門を叩きました。出迎えたのは、深い誠実な目をした、ひとりの修道士です。それは赤子だったシュヴァン王子を王家に預けた、ビジタシオン修道士でした。彼は、偶然にも、長い年月を経てもう一度、光の国の希望を守る重要な仕事が与えられたことを、心から神様に感謝していました。シュヴァン王子はもちろんそんなことは知りませんが、ビジタシオン修道士の目に、言いようのない懐かしさを覚えたことは事実でした。修道士は時が満ちたことを悟り、シュヴァン王子に彼自身の出生を話して聞かせました。エライアスの話、ソフィアの話、そして幼子シュヴァンに贈られた、美しく誇り高い短剣にまつわるすべてのお話を。
王子はもう影の女王も、処刑されることも、全く恐れてはいません。白鳥の女王に守られていることを確信したのです。自分がやるべき事は分かっていました。その日から、最後の新月の夜まではちょうど十五日間。シュヴァン王子は修道院にこもりきり、毎晩教会のステンドグラスの窓から差し込む月明かりの下、鏡の花の冠を作るのです。
仮面のあなたは私を救い
仮面の私はあなたを救う
鏡の花の冠は
悪に打ち勝つ力を秘める
月の光の力を秘める
眠れ、心の幼い者よ
光と影はひとつになる
光と影はひとつになる
あの不思議な子守唄を繰り返し歌いながら、その魔法の力と、祈りに満ちた月明かりを鏡の中に封じ込めるように、冠を編んでいきました。
シュヴァン王子が突然いなくなってから、城は騒然として、急いで王子を見つけてくるようにと、たくさんの兵隊が送り出されました。しかしどこを探しても王子は見つかりません。ついに国外れの森の奥、湖のほとりで王子の服と樹の肌に遺された最期の言葉を見つけた兵隊たちは、静かな湖に手を合わせました。知らせを聞いた王様やお妃様は、王子の死をたいそう悲しみました。
その頃エリヴェットは、仕立屋を抜け出して、ますます荒れていく陶器やガラスや鏡の国で傷ついた人たちを手当てしたり、町を直すのを手伝ったりしていました。王子の命をビジタシオン修道士に預けた今、彼女にできることはそれしかなかったのです。