民俗学のすすめ〜良書を紹介します〜その1

はじめに


テクノロジーの刷新が目まぐるしく、情報過多な今日。
新しい情報に触れて日々知識をアップデートし、変化に対応することに忙しい現代人。

ふと「いま必要なことは何だろうか」「これってそもそも何のために必要なんだっけ?」ひいては「自分は何のためにここにいるのだろう」という自問自答に苛まれることも多いのではないでしょうか。

温故知新という言葉があるように、時に先人の築いた知恵が気付きを与えてくれ、新たな視野や考え方を得られることもあります。

私は学生時代より歴史について知ることが好きでした。
その理由は自分自身の悩みや疑問は必ずと言って良いほど先人も経験しており、四苦八苦している様子や”こうでありたい”という願望に共感できること。

「今も昔も変わらないんだなぁ」と励みになるからです。

この「民俗学のすすめ」はそんな理由から私が個人的に影響を受けた「民俗学」をテーマにトピック&書籍を紹介する内容で、数回に分けて更新していきたいと考えています。

読んでいただいた方々の”気付き”や”励み”に繋がれば嬉しいです。

(※私自身は民俗学専門でも何でもないので、本記事は「知人に薦められた本をパラパラめくってみる」くらいのノリで読んでいただければ幸いです)

今回ご紹介するのはこの本!

ナツメ社出版の図解雑学シリーズより、「こんなに面白い民俗学」です。

特徴は「とにかくシンプルでわかりやすい」こと。

少々古めかしさは否めませんが、多種多様な分野のトピックについて出版されていて、ラインナップを眺めるだけでも好奇心をくすぐります。

この本はもちろん、他にも同シリーズを数冊所持していますが、見開き1ページに対して図解半分、解説半分で構成されていて大変読みやすく、予備知識なしでサクサク読めてしまいます。

ぜひ本書を手に取ってみていただきたいということで、本題の「民俗学」についてのご紹介です。
本書に掲載されている内容のさわりと個人的な所感を中心にお話します。

「民俗学」って何?

皆さん「民俗学」ってご存知でしょうか。
大学の文系学科(文化人類学コース)などでない限り、学ぶ機会がない様ですので、個人的にもかなりニッチだと思ってます。

民俗学とは

本書では、「民俗学」とは下記のようなものであると説明されています。

民俗学は庶民の暮らしを読み解くための学問である。
現代に視点を据えたフィールドワークという方法を用いた研究である。

「こんなに面白い民俗学 (図解雑学)」ナツメ社 14ページ:民俗学とはどんな学問なのか

次に「民俗学」についてのwikiの説明をみてみましょう。

民俗学(みんぞくがく、英語: folklore studies / folkloristics)は、学問領域のひとつ。高度な文明を有する諸国家において、自国民族の日常生活文化の歴史を、民間伝承をおもな資料として再構成しようとする学問で、民族学や文化人類学の近接領域である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/民俗学

つまり民俗学とは、歴史書に書かれている内容ではなく、一庶民の暮らしや、代々語り継がれてきた地域の伝承のなかから慣習・信仰・言葉などを分析し、「生活文化の歴史」を紐解いていこう、という学問とのことです。

民俗学の創始者である「柳田國男(やなぎた くにお)」氏(1875-1962)の主張にその趣旨があります。

私など日本には平民の歴史はないと思って居ります。
いずれの国でも年代記はもとより事変だけの記録です。ここへ貴人と英傑の列伝を組み合わせたようなものがいわば昔の歴史ではありませんか。
なるほど政治と戦争とは時代の最も太い流れで、いかなる土民のはしくれといえども、その影響を受けぬものはなかったでしょう。しかし事績の記事だけを見てこれに向かった国民の心持ちを推定するのは、写真機械を望んで人の顔を想像するようなものです。当たれば奇跡であります。
この様に後世の我々が国民の過去をゆかしがることを知ったら、昔の歴史家も今少し注意して書き残してくれたかも知れませんが、実際多数の平民の記録は粗末に扱われてきました。

柳田國男『郷土誌論』
※現代仮名遣いに直しています。


「柳田國男(やなぎた くにお)」氏(1875-1962)

柳田 國男(やなぎた くにお、1875年(明治8年)7月31日 - 1962年(昭和37年)8月8日)は、日本の民俗学者・官僚。
明治憲法下で農務官僚、貴族院書記官長、終戦後から廃止になるまで最後の枢密顧問官などを務めた。1949年日本学士院会員、1951年文化勲章受章。1962年勲一等旭日大綬章(没時陞叙)。
「日本人とは何か」という問いの答えを求め、日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行した。初期は山の生活に着目し、『遠野物語』で「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べた。日本民俗学の開拓者であり、多数の著作は今日まで重版され続けている。

Wikipedia - 柳田國男

「民族学」と「民俗学」の違い

余談ですが、「民俗学」と別に、”民族学"という概念が出てきましたので整理します。

"「民族学」と「民俗学」の違い"について、本書にはこう書かれています。

"民族学"

民族学は15世紀以降の大航海時代を経て、異文化・異民族との接触のなかで、その知識の学として発達していくが、その意味で異文化理解の学という性格が強い。

「こんなに面白い民俗学 (図解雑学)」ナツメ社 16ページ:民俗学と民族学の違いは?

"民俗学"

これに対し、民俗学が近代国民国家の成立前後における民族意識の高まりとともに、国家もしくは民族の枠組みを前提とした自己文化模索の過程で成立し、発展してきた背景を持っている。つまり、自己の文化をいかに理解すべきかという点に重点がおかれてきたのである。

「こんなに面白い民俗学 (図解雑学)」ナツメ社 16ページ:民俗学と民族学の違いは?

"民族学"と"民俗学"は全く異なるもの

民俗学はFolklore、民族学はEthnology というように、全く異なる表現となるのである。つまり、英語文化圏においては、両者は全く異なる学問として位置付けられていることがわかる。

「こんなに面白い民俗学 (図解雑学)」ナツメ社 16ページ:民俗学と民族学の違いは?

民族学「異文化の理解のための視点」
民俗学「自己文化の理解のための視点」

対象は異なりますが相互比較によって理解が深まるなど、接近した研究分野のようです。

柳田國男氏が民俗学を提唱するに至った経緯や、民俗学がどのような方法で研究されてきたのかについても書かれています。今回は割愛させていただきますが、是非読まれてみてください。

伝承と背景の紹介(経験的民俗学)

ということで、いよいよ民俗学の中身についてのお話なんですが、今回は本書で「経験的民俗学」という言葉で紹介されているものを、いくつか簡単に紹介いたします。

普段してはいけないこと〜禁忌〜

禁忌、いわゆるタブーのことですね。
「箸と箸で物を掴んではいけない」とか「夜に口笛を吹いてはいけない」とか、皆さんも幼いころにその類のことをご両親や年配の方に言われたことがある経験をお持ちではないでしょうか。

これらと近い思想として、日本には古来より「穢れ(けがれ)」という考え方があり、これは「不浄」を避けるためです。
不浄とは、簡単にいえば生きるためのエネルギー(精神)が削がれてしまったり、病気につながることを避けるための経験的な観点から生まれた思想です。

そうしたことから、危険や不浄を避けるための教訓として日本にはたくさんのタブーにまつわる伝承があります。

①ぬるま湯を作る際に「お湯が先か」「水が先か」
ボイラーをつけて蛇口をひねれば設定した温度のお湯が出てくるという、大変便利になった現代ではあまり縁がないかもしれませんが、「お湯+水」でぬるま湯を作っていた時代には、容器には「お湯から先に」入れることになっていたようです。
理由は葬儀の際の湯灌(ゆかん:死者の体を清拭すること)にあたって、水を先に入れてからお湯を足すからだそうで、つまりは死者に対して行うものはいつもの反対のことを行うことで、死後の世界と俗世を明確に分ける(=穢れをさける)という背景があります。
類似して「着物の袈裟は通常左前、死に装束では右前にする」などが最も有名ですね。

②「絶対に覗かないでね」型伝承

そう言われると覗きたくなってしまうのが人の性ですね。。
この手の伝承で最も有名なのが「鶴の恩返し」です。

世界各地でこの手の伝承があるようで、どれも課せられていた禁止事項を破ってしまったがために危険な目にあったり、悲劇的な結末を迎えてしまうというものになっているようです。
これは、人間社会に必要な「秩序」のために法や戒律などが定められますが、そこに暮らす人々は時に秩序に反する行為を犯してしまう。
その精神構造を反映したモチーフだと考察されています。

縁起担ぎと縁起物

「縁起」とはもともと仏教用語の「因縁生起(いんねんせいき)」に由来し、お寺や神社の草創などを指す言葉として用いられ、さらに広く物事の由来や吉凶に関する事柄などを意味するようになったようです。

人の将来の吉凶には何か神秘的な因果関係が働いていると考え、ある行為や事柄を吉凶の予兆として捉え、これを「縁起」というようになったということですね。

神社のおみくじや占いなども縁起担ぎといえそうです。
また、良い結果が生まれることを期待して縁起を担ぐためのものを「縁起物」といい、以下のようなものがあります。

招き猫:
左手を上げている=千客万来(商売繁盛)を願ったもの
右手を上げている=一般家庭用で家の幸福を願ったもの

だるま:
”七転び八起き”を連想し、物事を必ず良い方向に向けるということからお正月などに購入し飾られることが多い。目標を掲げ、達成すると塗られていない方の目を黒く塗り両眼にする。

熊手(くまで)
落ち葉を集めるほうきのようなものだが、これが「お金をかき集める」「福を取り込む」とされる。

これらはよく家庭の玄関やお店に飾られている様子を見かけたことがあると思います。”言葉や象徴に宿る霊性が作用をもたらしてくれる”という思想からきており、地域によっても形状が様々でユニークです。


終わりに

今回は「民俗学」がどのような内容を扱う学問なのかを中心にご紹介しました。これらを知ることで、実益はあまりないかも知れませんが、生活の中に息づく先人の知恵に気づくことで心が豊かになります。

次回以降では、引き続き今回ご紹介した「こんなに面白い民俗学」に書かれている「人生儀礼」「祭り・行事」「生活・なりわい」の中に生まれた風習をいくつか取り上げ、比較しながら紹介したいと考えていますので、ぜひお読みいただければ幸いです。

※また、今回は割愛させていただきましたが、柳田國男氏をはじめ、民俗学の研究者についての紹介もそのうち投稿できればと思っております。


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