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【音楽感想】”ぼくは君のパイロットになる”~ベルセバの曲を紹介したい~

「Bell and Sebastian」(通称:ベルセバ)というバンドを知っているだろうか。犬と少年の冒険譚の方ではない。スコットランドはグラスゴー出身のポップバンドで、結成20年以上、諸々含めてアルバムは10枚以上リリースしている大御所である。色々調べると、本国以外では日本での人気も高いそうだ。

洋楽をあまり聴く方ではないけれど、多様でキャッチーなメロディ、そして何より、人間の内面に深く切り込みつつも、どこか詩的で幻想的な世界観が大好きだ。

世間的な名曲も、個人的に好きな曲もたくさんあるのだけれど、今回は、その中から「I'll Be Your Pilot」という曲を紹介したい。なぜなら、とにかく詩世界が浮世離れするほど美しすぎるからだ。

詩世界と言っておきながらだが、まずイントロのオーボエがたまらなく叙情的で切ない。晴れた日の静かな丘で、誰に告げるでもない言葉にならない思いを、一人で風に乗せているようだ。その旋律が届いて欲しい人に届く確率は、奇跡よりも低いのだろうけど、音色は決して虚しさを滲まない。

Aメロ、Bメロは、ある”君”に捧げる、決意、あるいは独白のような言葉が続く。ぼくは英語が得意なほうではないし、ベルセバの崇高な詩世界を訳すことはおこがましいのだが、Bメロ最後の詩を意訳したい。

I know a trap door, short cut 
 Gate into the wild of the free air      
  「I'll Be Your Pilot / Belle and Sebastian」

”ぼくは、しがらみのない荒れ地に通じる近道も、抜け道も知っているんだよ”

周囲には誰もいない。それでも敢えて”君”の耳元で囁いている、ないしょ話のようなフレーズだ。そして、それは”君”への次の世界(=サビ)への誘いだ。

まずはサビの前半部分を意訳したい。

 Lying here in the sweet Sahara
Thousand miles to the nearest problem
「I'll Be Your Pilot / Belle and Sebastian」

”甘いサハラ砂漠で寝転がろうよ。

難しい問題は、1000マイル先にしかないから”

ぼくはこの歌詞を見て雷に打たれたような衝撃を受けた。

『sweet Sahara = 甘いサハラ砂漠』とは、なんて独創的な表現なのだろう。サハラ砂漠といえば、アフリカ北部に広がる世界最大の砂漠であり、果てしなく広がる砂の海から、誰もが荒涼な情景を思い浮かべてしまう。故に”甘い”なんてことは全然ない。しかし、そのその二つ単語を繋げてしまうことで、フレーズの力強さや奥行きが増幅され、無限の想像を巡らすことができる。

そしてサビの後半部分に続く。

I see you sleep, it's amazingly sweet
I will keep you safe
I'll be your pilot
「I'll Be Your Pilot / Belle and Sebastian」

”眠っている君を見ている。それは驚くほどに美しい。

ぼくは君を守り続ける。ぼくは君のパイロットになる”

これまでの特徴的な言い回しとはうって変わってシンプルな”君”への愛情表現、そして表題の「ぼくは君のパイロットになる」と結ばれている。

そもそも”君のパイロット”とはなんだろうか。君を飛行機に見立てているのか、それとも乗客なのか、それは分からないが、いずれにせよ”パイロットであるぼく”は、”君”を、風雨から守りながら、正しいルートで、目的地に連れて行かなければならない。大変な覚悟が必要なことだ。なぜなら、それは”君”と”ぼく”の協力ありきではなく、”ぼく”からの一方的で無償な愛情で成り立つものだと思うからだ。パイロットという言葉にはそれだけの強い意志が込められていると思う。

さて、続いて2番のサビに移りたい。1番のサビを反芻した後、以下のように続く。

 Lying here with a busted engine
Sun and sky and the sound of silence
「I'll Be Your Pilot / Belle and Sebastian」

”壊れたエンジンのそばで寝転がろうよ。

そこには太陽と空と静寂の音だけ”

描き出される情景は広大で自由なのに、そこにいるのは一貫して”ぼく”と”君”だけだ。それ以外他には何も要らないという、ともすれば独善的な、だけど確かな”君”への愛だ。

エンジンとは推進力、即ち、前へ進む力だ。壊れたエンジンでは、前へは進んでゆけない。でも、それで構わないのだと、歌っている。"with"をそばでと訳したが、もっと踏み込むんなら、”放っておいて”でもいいかもしれない。壊れたエンジンを直す必要なんてないよ。君は前へ進まなくていい。太陽と空と静寂の音さえあればいい。

そして、2番のサビ後半へ。

 I feel your presence
No, it doesn't  make sense
You can  sign me up
I'll Be Your Pilot
「I'll Be Your Pilot / Belle and Sebastian」

”ぼくは君の気配を感じている。いや、そうじゃないな。

君がいるから、ぼくはぼくでいられる。

ぼくは君のパイロットになる”

sign me upは直訳すると、「仲間に入る」、や「参加する」といった意味を表すが、前後の文脈から、”君”が”ぼく”を”ぼく”にさせてくれる、と訳してみた。説明すると、これまで一方的に歌われていた、”ぼく”から”君”への無償の愛の、逆転ではないかと思うのだ。

パイロットは、飛行機を、乗客を目的地に連れていくことができるけど、そもそも飛行機も乗客もいなければ、パイロットは、パイロットではない。”君”がいるから、”ぼく”はパイロットたり得る。

曲の最終盤でこの展開は、鳥肌が立つ。 

相手に一方的に愛を告げて、俺に任せておけ、と叫ぶことは難しいかもしれないが、まぁできないこともないだろう。だがこの曲は、それで終わらせない。俺に任せておけと叫ぶことができるのは、そもそも君がいるからなんだと歌っている。

この曲が収録されているアルバム「How to solve our human ploblem」。訳すると、「私たち人間の問題をどうやって解決するか」。

人と人の距離は曖昧で、手放しに他人を信用できず、明日の空さえ深い靄に包まれているような現代。とても胸を張って『愛が全てを解決する』と宣言することはできない。

そんな現代において、ベルセバは、「独りよがりにならない、相手を思いやる愛こそが、私たち人間の問題を解決するための、一つの手段なんだ」と言い切っているようで、とても嬉しくなった。

「I'll Be Your Pilot / Belle and Sebastian」 ミュージックビデオリンク↓

https://www.youtube.com/watch?v=JsL1fVhaNbg 

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