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読書記録 #1 『罪と罰(上)(下)』

Reading Record #1

*4000字越えの長い記事になるため、全て読むことはお勧めしません。(じゃあ分量を減らせっていう話なのですが。)5−7を中心に読んでいただけると嬉しいです。1−4はこの本に興味がある方へ。


1. 基本情報

タイトル:罪と罰 (上)(下) 
著:ドストエフスキー
訳:工藤精一郎
出版社:新潮文庫
出版年月日:昭和62(1987)年6月5日発行

読んだ日付:令和6年(2024)3月4日−令和6(2024)年3月30日
目安所要時間:4h30m + 4h50m = 9h20m

2. 作者と時代背景

ドストエフスキーについて

  • 生没年:1821年11月11日−1881年2月9日(満59歳)

  • 国籍:ロシア

  • デビュー作:『貧しき人びと』(1846)

  • 代表作:『罪と罰』(1866)・『カラマーゾフの兄弟』(1880) など

解説に書かれていた文章を引用します。

ドストエフスキーは、トルストイと並んで十九世紀のロシア・リアリズム文学の最高峰であり、ロシアが世界に誇る大作家である。トルストイが現実の客観的描写を重視したのに対して、ドストエフスキーは文学は人間の研究であるとして、主観的色彩の濃い独自の文学心理的リアリズムを創造し、近代文学にひとつの道を開いた。

『罪と罰』著・ドストエフスキー/訳・工藤精一郎

ドストエフスキーの良い紹介になっています。ドストエフスキーでなければ、ラスコーリニコフのような主人公は生まれなかったのでしょう。

当時のロシアについて

ロシアは広大な領土を持っていたが、寒さゆえに農業や漁業もそれほど発展していなかった。また、アフリカやラテンアメリカなどを植民地化して資本を確保した西欧とは違い、産業革命も未達成であった。加えて、ロシアでは多民族が暮らしていたため、一つの主権国家としての意識が薄かった。そのため、1820年代からは東方問題が深刻化し、1848年革命を機に民族運動も高揚して、国内の混乱が広がった。これらのことから、ロシアでは1853年のクリミア戦争後に、国内の皇帝(ツァーリ)による専制政治と強固な農奴制の改革に専念することになった。

アレクサンドル2世は1861年に農奴解放令を出した。また、農村生活の急進的な改革を目指した主な担い手は都市の知識人階級(インテリゲンツィア)であった。彼らの一部は農民を啓蒙することで、農村共同体を基礎に社会主義的改革を行うことを主張し、人民主義者を意味するナロードニキと呼ばれたが、のちにテロリズム(暴力主義)に発展(衰退?)した。

高校時代に世界史を勉強していて、教科書レベルの知識はついていたため、世界観には入りやすかったです。世界史の勉強はこういうところでも役に立つのですね。

*以下の教科書を参照しました。
山川出版社『詳説世界史B』(2021) (p263−264)

また、以下も解説に書かれていた文章です。

トルストイとドストエフスキーの両巨匠は、一八六〇年代の改革に浮かれさわぐ若い世代に、いかにも両者らしいやり方で警告をあたえた。トルストイは『戦争と平和』でロシアのあるべき理想の姿を教え、ドストエフスキーは『罪と罰』で人間の本性を忘れた理性だけによる改革が人間を破滅させることを説いたのである。

『罪と罰』著・ドストエフスキー/訳・工藤精一郎

トルストイの本はまだ読んだことがありません。機会を見つけて読んでみようと思います。

3. あらすじ

ラスコーリニコフは、貧しさから抜け出すために、高利貸しの老婆を殺害し盗みを働いて財産を得るという計画を立て、実行した。しかし、不遇にも居合わせていた老婆の娘も殺害してしまった。罪悪感に苛まれた彼は、病気で寝込んでしまう。妹の結婚をめぐる葛藤や道端で倒れた男の家族との出逢いを通して、彼はある決断を下すことになる。果たして、彼の犯罪は暴かれてしまうのか。彼の心身はどうなってしまうのか。

4. 登場人物

矢印以降の内容は私が感じ取った印象です。感じ取り方はそれぞれですので、これを読んで、まだ読んでいない方は先入観を持たないように。また、読んだことのある方は自分で読んだ時の印象を塗り替えないように、よろしくお願いします。

・主人公:ロジオン=ロマーヌイチ=ラスコーリニコフ(母やラズミーヒンなどからはロージャと呼ばれたり、妹からは兄さんと呼ばれたりもする)
→ 主な心情描写は彼のもの。感情の起伏が激しく、何事に対しても徹底的に悩み抜き思い詰め塞ぎ込むことがある一方で、一定の段階を過ぎるとケロッとして解放的になり真摯で冷静な大学生の模範となる。「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる」「凡人と非凡人」といった独自の理論や思想を持つ。

・主人公の母:プリヘーリヤ=アレクサンドロヴナ=ラスコーリニコワ
→ 家族を深く愛するあまり、お荷物のように思われることもある。ラスコーリニコフの明るい将来を信じて疑わない。

・主人公の妹:アヴドーチヤ=ロマーノヴナ=ラスコーリニコワ(ドゥーニャ、ドゥーネチカとも呼ばれる)
→ 才色兼備で複数の男性(スヴィドリガイロフ、ルージン、ラズミーヒン)から好かれる。家族のためなら自己犠牲も厭わない。

・主人公の友人:ドミートリイ=プロコーフィチ=ウラズミーヒン(ラズミーヒンとも呼ばれる)
→ 話は長いが気さくで、主人公やその家族の世話を焼いたために彼らからの信頼は厚い。ドーニャを好く。

・ソーフィヤ=セミョーノヴナ=マルメラードワ(ソーニャ、ソーネチカとも呼ばれる)
→ 貧しい家族を救うために売春婦となった。悪待遇を受けることが多いものの、誠実さゆえにラスコーリニコフから好かれる。

・ポルフィーリー=ペトローヴィチ
→ 殺人事件を全貌を明らかにしようとする予審判事。婉曲迂遠な物言いで、ラスコーリニコフを心理的に追い詰める。

・アルカージイ=イワーノヴィチ=スヴィドリガイロフ
→ ドーニャを家庭教師として雇っていた家の主人で、ドゥーニャを好く。貪欲で執着心がひどく強い。

・ピョートル=ペトローヴィチ=ルージン
→ どうしても妻やその家族を自分に服従させたいと考える傲慢な中年男性。ドゥーニャと結婚しようとするが、ラスコーリニコフにより失敗に終わる。

まだまだたくさんの人物が登場しますがこれくらいにしておきます。気になる方は Wikipedia などを参照しても良いかも知れません。

これを読んでいただいてわかるように、名前が長くて覚えにくい上に、読み方も複数あります。別人物だと思って読んでいたら同一人物だったりすることもありました。混乱しやすい原因の一つはロシア人の名前だったのだろうと思います。

ここで一つ日々の教養を挟みます。

5. 日々の教養 #1 ロシア人の名前

ロシア文学を楽しむ際には、ロシア人の名前の知識は必須だったようなのですが、調べるまで全く知りませんでした。『罪と罰(下)』と以下の*のサイトを参考に、教養を一つ増やしましょう。

ロシア人の名前は、名・父称・姓の三つの要素から構成されます。

ドストエフスキーのフルネームであるフォードル=ミハイロヴィチ=ドストエフスキー(Фёдор Михайлович Достоевский)を例に挙げて説明します。
(ちなみに父のフルネームはミハイル=アンドレ―ヴィチ=ドストエフスキー。
母のフルネームはマリヤ=フォードロヴナ=ドストエフスカヤです。)

・名(例:フォードル(Фёдор) )
→ 新しい名が作られないためバリエーションは少なく、同名の人が多い。名に基づいた愛称で呼ぶことが多い。(例:フォードルの愛称はフェージャ)

・父称(例:ミハイロヴィチ(Михайлович))
→ 息子の場合 ▶︎ 父の名に 〜ович や 〜евич をつける(例:父の名がミハイルの場合の息子の父称はミハイロヴィチ)
→ 娘の場合 ▶︎ 父の名に 〜овна や 〜евна をつける(例:父の名がミハイルの場合の娘の父称はミハイロヴナ)

・姓(例:ドストエフスキー(Достоевский))
→ 男性形と女性形があり、男性形を基本とする
→ 姓の男性形の語尾が主なもの ▶︎ 女性の姓の場合 а をつける
→ 姓の男性形の語尾が 例外的に〜ый や 〜ий や 〜ой ▶︎ 女性の姓の場合 〜ая をつける(例:ドストエフスキーの女性の姓はドストエフスカヤ)

フォーマルな場 ▶︎「名 + 父称」をで呼ぶ
家族や友人など気の置けない仲 ▶︎ 愛称で呼ぶ

また一つ教養が増えました。

*以下のサイトを参照しました。ありがとうございます。
欧羅巴人名録 (2017) 「ロシア人名について」 http://www.worldsys.org/europe/tips-russian-names/ (最終閲覧日:2024年3月31日)

6. 読み始めたきっかけ

ドストエフスキーとの出逢いは世界史の教科書。受験勉強中はなかなか本を読む余裕が無かったのだが、話の内容を知らないのに強制的に名前だけ覚えて入試で答えるということに不満だったため、世界史や日本史の教科書に出てくる有名な作家の作品をいつか読んでおきたいと思っていた。
また、高校3年生の時の記述模試で、「ドストエフスキー」と答えさせる問題があり、勘で当てたことがある。この時の面映さや罪悪感から、受験勉強が終わったら真っ先に読んでみようと思っていた。

7. 感想

太宰治の『人間失格』『晩年』を読んだことがあるのだが、文体というか思想というかそういうもののねちっこさが似ているような気がする。一読しただけでは内容をスムーズに、また正確に理解できているような気がせず、正直あまり魅力を感じなかった。この本が無名だったなら、まず手に取ることはなかっただろうし、万一読み始めたとしても途中で読み切るのを諦めていたと思う。

しかし、ロシア文学の最高峰と呼ばれるような偉大さは実感することはできた。世界史の教科書では、政治や有力者を中心に語られることが多い。しかし、国民の生活を知るためには文学を楽しむことが最適だろう。文学を楽しむことによって、政治や有力者が隠したり、蔑ろにしたリアルな貧しさや苦難に身を寄せることができる。

デジタルで読書記録をするということが初めてなもので、長々と書いてしまいました。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

それでは、今回はこの辺で。

またね。

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