第六章 開始⑤
百三十対六十?
やばい、差が開いた。
そして、マイクを向けられた安奈。
ヒールを履いたままソファの上に立ち、こう言った。
「あたし、最高♪」
そして、ソファの上に立ったままプラチナをボトルで一気飲み……。
信じられない。
「参ったねえ……梨紗、次どする?」
皆は、日向梨紗が負けたと思っているだろうか。
こんなにたくさんの人の前で負けるだなんて……。
冗談じゃない。
でも、どうしようか……。
安奈は、言っていたっけ。
「白十本なんか頼んだら、自分が自滅しちゃうのに」って。
という事は、数でも勝負はしない方がいいという事だ。
うーん……。
メニューを食い入るように見つめる。
「ロマネ、お願いします」
あたしは、ホスト業界ではこれ以上ないというくらいのお酒、ロマネコンティを頼んだのだった。
安奈、これが最後よ。
「梨紗様のお席にて、なんと!ロマネコンティ戴きました!」
一瞬、シーンと店内が静まり返ったような気がした。
「嘘でしょう?」
「マジ?!」
と、皆の顔が語っている。
そして、またまた一哉があたしの卓へと戻ってきた。
「おい!梨紗、頭おかしくなった?」
「これで最後。これに勝てるお酒を、安奈は入れないはずだわ」
安奈に勝った!
ロマネを入れる日に巡り合わせた客は、幸運である。
こんな事は、滅多にない事なのだから。
それくらい、ロマネといったらすごい酒なのだ。
元々ワインが一番好きなお酒なのだから、別にいいではないか。
まあ、飲むのはもったいない気もするけれども。
「すご!さすが梨紗!」
愛梨が、隣で拍手。
パチパチ。
一哉があたしの反対側の隣にいるけれど……。
一哉は、何も言わない。
安奈がお会計を済ませて、帰り際にあたしのところへやってきた。
けれども、負けたっていう感じの悔しそうな雰囲気は一切なくて……。
何故、こんなにこの女は上から目線でいられるのだろうか。
「梨紗、意外とやるじゃない。ロマネ入れるなら、対抗できるお酒は限られる。でも、それはこんな何でもない日に入れるお酒ではないわ。バイバイ」
そう言い残し、店を出て行った。
はあ……。
終わった。