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【宵霧亭日報】壊れもの

 おれは底深い泥の中にいた。そんな気分だった。

 パルプ小説を書き下ろすという命題のため、おれはメモを片手に考えを巡らせる。

 しかし脳内会議はいっこうにまとまらなかった。

 そうしていつものように自己啓発じみたエッセイを書き、その我が身可愛さにちょっと後悔し、また小説と向き合う前にどこかへ逃げ出す。

 創作論、特に誰かに読んでもらって評価や対価を得るような業界の理屈ではモノを作ることは自分に向き合うことだ。

 おれにとって世界はこう見えている。これがおれの好きなものだ。おれが好きにしたら万事このようになる。ディス・イズ・イット。

 それは匿名希望の何者でもない雲のような群れの中にいては耳心地のよいことばに紛れて全然出てこないし、それゆえにおそろしい。

 おれが何者かであることについて回る諸問題にではなく、おれがおれそのものを言語化するという行為が気に入らない。

 私小説というかたちで今までの人生で分かりきったおれの性癖──すなわち性格の傾向──をトレースするならまだしも、おれの趣味嗜好を紙とペンで丸裸にし、それを読者に「読ませる」テキストに加工するということができるのかできないのか、いまだにしっかりと試したことがない。

 あるいは単に「自分の好きな◯◯(任意の作品名)」の引き写しみたいなものしか作れない。
 ウルトラマンみたいな作品を書こうとしたら、〝みたいな〟ではなくウルトラマンそのものの話をなぞっただけになった「ヴィーナス・トランス・サクリファイス」のように。

 それを書くのが面白かったのは、パロディ二次創作同人小説としての面白さであって、おれ自身の産みの苦しみから作り出されたパルプの銃弾ではないのだ。

 逆噴射聡一郎のパルプ小説講座を再読しながら、おれにとってのパルプをかんがえる。

 たとえば「真の男」というワードから想起される記憶。

 逆噴射聡一郎のコラムに出会うまで、おれはドリトスを食べたこともなければデスペラードを観ることもなかった。

 そもそもアクション映画や総合格闘技など血の気の多い番組がテレビに映ると、自然にチャンネルを変える家だった。または母親がこれは嫌いと言えば嫌いになるおれ、でもあった。

 それでも10代半ばになるとDDTプロレスリングとか三沢光晴のノンフィクションとかインターネットを通じて自分で見るようになって、後年祖父が国際プロレスを見ていてけっこうプロレスが好きだったらしいと知り、そうゆう真の男だけに流れる熱い血の継承みたいなものはとっくの昔に済んでいたことがわかった(うちの家族史に深入りはしないが厳密には模倣子の伝承だと思う)。

 おれの初めての800字パルプ小説「原始人ジロ」は、そんな真の男であるプロレスラーと原始時代を掛け合わせた内容になったが、どうしてもTSF(トランスセクシュアルフィクション:性のゆらぎを題材にした作品)で男性を美少女化しないと「これが自分は好き」を名乗れないおれのこころが邪魔をして、シリーズ展開の構想ごと空中分解した。

 改稿してやり直せるならば、ジロの「成り行き上仕方なく」みたいな受け身な性格やクリフハンガーになっていない格闘技アクションを直したいとも思う。

 いや、この小説こどもの親はおれなのだから直して全く構わないのだろうが、パルプ衝動の赴くまま大賞投稿作品としての意外性だけを求めてシナリオをでっち上げた節もあり、なんとなく引け目を感じている。

 そうして尻込みしている間にも投げナイフは背中に飛んでくる。

 おれは行きつけのサルーンにリスポーンして、もういつどこで流行ったのかも定かでない異世界モノに手を出そうとする。

 それもなんか転生した主人公はクールなイケメンでかっこよく魔物を退治したりなんかして、幼さの残るヒロインがその主人公に感化されてちょっぴり成長する……みたいな話だ。多分。

 なんかそうしなきゃいけない気がする。

 シナリオで物語を考えるから余計な制約に縛られる。そうではなく、主人公のアクションによって動き始める物語や作品のコンセプトをどんな言葉だったら読者に伝えられるかを考えたほうが、たぶん有名作品の引き写しよりはるかにマシだ。

「おれがかっこいいと思っているものは、ファントムマスクを着けた銀髪のメイドガイだけだ」と脳内会議の議長は言った。

 石鹸屋は、秀三の十六夜咲夜コスプレはおれにとって永遠にクールであり続け、同様にスカートを翻して戦うメイドも超かっこいいと思う。

 しかし戦うにしろ戦わないにしろメイドが出てくる話というのはなんだろう、それだけで呼び込める客層も少なくはないのだろうが今やとてもブルーオーシャンなどとは呼べないだろう。おれもメイド喫茶と極道がごっちゃになってる話を最近見たばかりだ。

 おれがなにか案を挙げるたび、おれの中の評論家ぶってるやつが「それはこうだからだめ」「ああいうのはナシ」みたいなことを言う。議論は白紙に戻って会議は夜遅くまで続き、深夜でテンションがおかしくなって銃撃戦が始まり、みんな死ぬ。END OF MEXICO……。

 年々亜熱帯化する鳥取ジャングルでおれは底深い泥の中にいた。そんな気分だった。

(終)

 

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