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HPEによるジュニパーネットワークス買収に対する司法省の調査

いつもご覧いただきありがとうございます。

この記事は、2024年11月21日のSDxCentralの以下の記事を意訳したものになります。意訳後に記事に関する考察を述べています。

DOJ scrutiny of HPE’s acquisition of Juniper Networks: A deep dive into underlying concerns
HPEによるジュニパーネットワークス買収に対する司法省の調査: 根本的な懸念を深堀りする



HPEによるジュニパーの買収に対するDOJの精査

ネットワーキング業界における私の経験では、反トラスト法(独占禁止法)調査は通常、市場の統合と競争に焦点を当てています。しかし、国家安全保障が絡む場合、その影響ははるかに重大になります。

司法省(Department of Justice’s :DOJ)がヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)による140億ドル規模のJuniper Networks買収提案を精査しているのは、おそらく以下の2つの重要な問題に起因していると考えられます。

  • ASIC(特定用途向け集積回路)のような専門的なシリコンの開発を維持する上でのHPEの過去の課題。

  • 多様なオペレーティングシステムにおけるイノベーションの維持。

これらの懸念は、AIネットワーキングおよび国家安全保障インフラにおけるJuniperの中核技術の戦略的重要性によってさらに複雑化しています。


ジュニパー買収の背後にあるAIネットワーキングの目的

Juniperの買収は、HPEのAIネットワーキングポートフォリオを強化する必要性によって大きく推進されています。この目的は以下の2つの主要分野を中心にしています。

1.ジュニパー Mist AIワイヤレスネットワーキング
JuniperのMist AI ドリブンワイヤレスネットワーキングソリューションは、自動化され、インテリジェントで高いスケーラビリティを備えたネットワーク管理の基準を確立しています。これらの機能は、AIを活用して運用を最適化する統合エンタープライズソリューションを提供しようとするHPEの取り組みと一致しています。

2.エンタープライズデータセンターネットワーキング
Juniperの高性能エンタープライズデータセンタースイッチは、AIワークロードをサポートするためのネットワークインフラを拡張する上で重要です。AI対応データセンターの需要が増加する中で、これらのスイッチはHPEのサーバーおよびストレージ事業に伴う膨大なネットワーキング要件を処理する能力を提供します。この相乗効果により、HPEはAIドリブンなエンタープライズソリューション分野のリーダーとしての地位を確立し、Ciscoのような競合他社に対する競争優位性を得ることができます。

しかし、このAIエンタープライズに焦点を当てた戦略は同時に、国家安全保障にとって重要なJuniperの通信事業がどうなるかという重要な疑問を引き起こします。


通信事業の課題:国家安全保障の懸念

通信ネットワーキングの中核は、Cisco、Juniper、Nokia、Ciena、Aristaといった少数のベンダーによって支配されています。そのため、JuniperのASICやJunos OSを含むコア通信資産は、国家の通信インフラにとって不可欠です。

・通信ネットワーク向けASIC
JuniperのASICは、世界中の通信ネットワークで使用される高性能ルーターやスイッチを駆動しています。これらのチップは、国家防衛通信を含む重要なインフラに必要な信頼性と性能を提供するよう設計されています。Juniperのエンタープライズ製品とは異なり、これらのASICは競争力を維持するために継続的なイノベーションと専門的な研究開発投資を必要とします。

・Junosオペレーティングシステム
JuniperのJunos OSは、通信とエンタープライズ環境の両方で多様性を確保し、脆弱性を軽減する独自のコードベースを提供することで、ネットワークの回復力を支えています。この多様性は、サイバーセキュリティの脅威に直面して安全で回復力のある通信ネットワークを維持するために重要です。

司法省(DOJ)は、HPEによるJuniperの買収が、AI中心のエンタープライズ戦略を優先し、これらの重要な通信技術を軽視する可能性があるかどうかを精査している可能性があります。HPEがこれまで統合を優先し、イノベーションを後回しにしてきた歴史を考えると、これらの資産が停滞し、その戦略的重要性が損なわれることを懸念する声があります。

HPEの買収と統合の歴史

Juniperの買収がなぜ懸念を呼ぶのかを理解するためには、HPEの過去の買収へのアプローチと、買収された技術がその後どのような運命をたどったかを考慮することが重要となります。

過去の買収とその運命

1989年: Apollo Computer
Apolloの独自プロセッサは廃止され、HPEのPA-RISCアーキテクチャが採用されました。

1986年: PA-RISCアーキテクチャ(社内開発)
HPEはPA-RISCサーバー製品が中心でしたが、最終的にIntelのItaniumプロセッサに取って代わられました。

1994年: Itaniumプロセッサ(Intelとの提携)
Itaniumプロセッサは、Intelと共同開発されましたが、広範な採用には課題があり、2021年に廃止されました。

1997年: Tandem Computers(Compaq経由で買収)
Tandemは、NonStopサーバーと独自チップセットで知られていましたが、HPEのもとで、Intelのx86アーキテクチャに移行しました。

1998年: Digital Equipment Corporation (DEC)(Compaq経由で買収)
DECの高度なAlphaプロセッサとOpenVMSオペレーティングシステムは、大部分が廃止されるか、レガシーサポートに追いやられました。

2016年: Silicon Graphics International (SGI)
SGIの独自技術はHPEのポートフォリオに統合されましたが、その後のイノベーションはほとんど行われませんでした。

2019年: Cray Inc.
Crayのハイパフォーマンス・スーパーコンピューティング技術は、限定的な独自技術の進展を伴いながら、HPEの広範なソリューションに組み込まれました。


誰に影響を及ぼし、何をすべきか

HPEとJuniperの合併は、多くのステークホルダーグループに広範な影響を与える可能性があります。以下は、この取引が及ぼす可能性のある影響と取るべき行動です。

1. 通信プロバイダー

  • 保証を確保する: 契約を通じてASICやオペレーティングシステムのイノベーションに関する長期的な取り組みを確保する。

  • 開発スケジュールを監視する: 製品ロードマップと定期的な更新を求め、通信技術への継続的な注力を確認する。

  • 代替案を検討する: Nokia、Ciena、Aristaなど、独立した中核ネットワーキングプレイヤーのアプローチを検討する。

2. JuniperまたはHPE製品を使用する企業

  • 常に警戒を怠らない: 製品発表や動向を監視し、特にSDxCentralのStringerAIによる関連業界ニュースの無料カバレッジを活用する。

  • 代替案を探る: Versa Networks、Nile、Join Digital、Aviz、Alkiraなど、ネットワークイノベーションをリードする企業を検討する。

  • セキュリティ企業を評価する: Fortinet、Netskope、Palo Alto Networks、Zscalerなど、強力なネットワーキングポートフォリオを持つ企業を探す。

3. 司法省(DOJ)

  • 保証を推進する: Juniperの通信技術への長期的な投資を保証するための取り組みを義務付ける。

  • 是正措置を検討する: 国家安全保障の利益を守るため、Juniperの通信事業、ASIC、JunosをCienaやAristaのような企業、またはAMDやIntelのような持続的なイノベーション履歴を持つシリコン企業に多様化する必要があるかどうかを評価する。これらの技術がHPEと似た買収戦略を持つDell、Oracle、Broadcomのような企業に渡らないようにする。


この歴史がJuniper買収において重要である理由

HPEとJuniperの合併に対する司法省(DOJ)の精査は、歴史的な前例、Juniperの中核技術の戦略的重要性、および国家安全保障への広範な影響の組み合わせに起因している可能性があります。HPEのAIネットワーキングおよびエンタープライズデータセンターソリューションに焦点を当てた取り組みは明確なビジネス上の理由を提供しますが、同時に重要な通信技術をリスクにさらす可能性もあります。
次期政権まで取引を延期するという戦略が報じられていますが、国家安全保障は超党派の優先事項であるため、この懸念が和らぐ可能性は低いです。

今後、規制当局は追加の保証を求めたり、通信技術が保護され、優先されるようにするための分割を要求したりする可能性があります。HPEにとって、これらの課題を乗り越えることは、取引の完了とネットワーキングおよび通信業界における主要なステークホルダーとの信頼関係の維持の両方にとって重要となります。

以上が、SDxCentral の記事の意訳になります。
 

この記事に関する考察

HPEとJuniperについては過去の記事も参照ください。

Juniperは、完全に時代の流れに取り残されています。
2024年度版のガートナーの Magic Quadrant for Enterprise Wired and Wireless LAN Infrastructure でが、4回連続でリーダーに選出されていますが、あくまでも LANおよび無線LAN、つまりオンプレミス領域でのリーダです。サービス収益が前年比で増加していますが、これはオンプレミス製品へ追加するSOC(Security Operation Center)などのセキュリティサービスの増加です。

HPEのネットワークおよびセキュリティ分野については、2015年に無線LAN大手のArubaを買収し、2020年にSD-WANのSilver Peakを買収し、その後、2023年にSSEのAxis Securityを買収しています。
Silver PeakのSD-WANと、Axis SecurityのSSEを組み合わせて「Unified SASE(統合SASE)」をリリースしており、2024年のガートナーのマジッククアドランド SASEにおいて、ニッチプレイヤー(小さなセグメントに的を絞って焦点を合わせており、他ベンダーよりも革新や成果を上げられていない)に初めて選出されています。

HPE の Unified SASE は、PoPは、日本国内は東京のみ(1箇所)です。またハイパースケーラーの設備を利用しているので、海外、特に中国ではサービスを利用することができません。
SSE(Axis Security)におけるセキュリティ機能も、CASBには対応していますが、DLPには現時点で日本語が未対応で、RBI、SaaS APIにも対応しておらず、前述の記事のHPEに買収された企業の顛末をみる限り、今後セキュリティ機能が拡充していくかのかどうかが疑問です。
また、SD-WAN(Silver Peak)とSSE(Axis Security)は、バラバラの管理ポータル(コンソール)で管理を行う必要があります。
将来的に、この2つの管理ポータルは、Silver Peakでなく、Axis Securityでもなく、Arubaの管理ポータルである Central へ統合される方針が出ていますが、一体いつになるのか分かりません。

このような状況で、今回のJuniper買収により、新たにファイアウォール・ルータ・スイッチ・無線LANなどを手に入れることになりますので、Juniperが、Aruba/Silver Peak/Axis Security の Unified SASE 連合に組み込まれていくのか、過去のHPE買収企業の運命をたどり、何のイノベーションも生み出されることなく、消えていくのかのいずれかになると思います。

ちなみに、2010年4月に3Comも、HPE(当時HP)に買収されましたが、その後イノベーションはほとんど行われず、消えてしまいました。
3Comの傘下には、IPネットワーク製品メーカーH3C(Huawei-3Com)、ネットワークセキュリティーのTippingPointも居ましたが、H3Cは細々と中国市場向けビジネスを継続していますが、TippingPointは、ご存知のように、トレンドマイクロが2015年に買収しているため、HPEが再び(みたび?)ネットワーク・セキュリティ分野で躍進できるのかどうかは見ものです。

以上となります。

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