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小ホラ 第37話

天使のお迎え


「生きづらい世の中になったわ」
 すべてに疲れきったキミコはマンションの屋上から下界を見下ろした。
 だが、死ぬ勇気もない。
 首を引っ込めて大きなため息をつくと、漫画の吹き出しのような白い息が出た。
 目の前をはらりと白いものが落ちていく。
 あ、初雪だ。
 そう思って空を見上げたが、落ちてきたのはそれ一つだけ。
 しかも落ちたはずの初雪がふわふわと目の前に漂ってくる。
 キミコは捕まえようと手を伸ばしたが、白くて丸いものは意思を持っているかのようにすっと離れていく。
 これ何? 生き物?
 もう一度そっと手を近づけてみた。やはり不自然な動きで逃げていく。
「なんなんだろ――」
 首を傾げてじっと見ていると丸い形が変形し始めた。頭と胴に分かれ、クリオネのような形になった。背から翼も生え、羽ばたき方も流氷のそれそのものだ。
 ええっ天使? まさかね。新種の虫かしら? かわいいっ。癒されるぅ――あそっか、やっぱ天使なんだわ。わたしをこの世から救いに来てくれたのね。
 嬉しくなったキミコは、もう一度『天使』に手を伸ばした。
 突然、つるんとした丸顔が真横にぱっくり割れた。赤い断面に尖った白い粒がびっしり並んでいる。
 口? 歯? と思った瞬間、人差し指の先に食らいついてきた。
「ぎゃっ」
 あまりの痛みに手を振りまわすと、『天使』はどこかに飛ばされて見えなくなった。温かい滑りに手を見ると人差し指の指先の肉がごっそり引き千切られ血が溢れている。
 ポケットから取り出したハンカチで指を押さえながら戸惑うキミコの前に『天使』がふわふわと戻ってきた。血にまみれた口がぱっくり開いたままだ。
 キミコは全速力で屋上の出口に向かって逃げたが、脚に激痛が走って転んでしまった。痛みのある脚を見るとふくらはぎの肉を『天使』がはぐはぐと抉っている。
 引き剥がそうと手を伸ばしたキミコの、今度は喉笛に『天使』が喰らいついてきた。
 肉を食み、体内へと潜り込んでいく。
 なす術もなく、空を仰いで転がるキミコは次から次へと降ってくる雪に気付いた。
 空中で『天使』に変化し、地上に舞い降りていく。
 死にたくない、助けて。
 キミコは心からそう願ったが、『天使』たちに齧られながら雪の降り続ける空をただ見ているしかなかった。
 どこからか初雪を喜ぶ子供たちの歓声が聞こえてくる。
 だが、それらはすぐ絶叫に変わっていった。

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