『嘘』


僕たちは20代の頃から知り合いで、ずっと不倫関係にあった。
もちろん、交際することも結婚することもできないまま、ついたり離れたりの関係を繰り返していた。

もうすぐ60になろうかという頃、僕は離婚しようやく彼女と初めてのデートができた。

彼女は昔から僕のことを心底愛していた。
出会った頃に僕が勧めた小説を、未だに大切に読み返していることからもそれは伝わる。

彼女の愛情をわかっていた。
そして彼女を愛していた。

しかし僕は、誰かと本気で向き合うのが怖くて嘘をついて逃げつづける、そんな臆病な男だった。

これまで過ごしてきた30年という年月。皮肉にも、その年月が長いからこそ嘘をつく癖が抜けない。ようやく初めてのデートができたのに、また「別れよう」と嘘をついた。

それから何十年も経っても、嘘をつく癖は抜けないまま。それは死ぬ間際まで同じだった。しかし最後くらいは、と勇気を出して本当の想いを伝えた。

「いい人生だった」。

すると彼女は言った、「別れよう」。それは、いつもまっすぐに僕を愛してくれた彼女のいたずらな物真似だった。

「嘘をつく人は嫌いじゃあなかったの」。

どうやら彼女は僕の嘘を見抜いていたようだ。妻とは別れると言いながらそのつもりがなかった僕。彼女を愛していながらも別れようと言った僕。彼女は僕のすべてを理解し、受け入れてくれていた。

ならば最後まで嘘をつこう。本当のメッセージを彼女なら受け取ってくれるはず。
命が絶えてもきっとそばに居る。だから…

「別れよう」。

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お笑い芸人のピース又吉直樹さんの、公式YouTubeを観ました。

インスタントフィクションを解釈する動画なのですが、又吉さんの考察の深さに面白いなぁと思うと同時に、自分はまったくちがう解釈をしました。
その解釈を元にわたしが書き上げてみたのが、↑の短編小説です。

世界の解釈の仕方、本当に人それぞれで面白い。
色んな人の感想を聞いてみたいなぁ。

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