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インターナショナルスタンダードと日本人的感覚の板挟みの中で

「イッツ ア ディスクリミネイション!!!!」

チラシを見たトムは血相を変えて怒り出した。
トムはさっき出会ったオーストラリア人。身長180cm以上の大柄な男性。

トムは酔っていた。

一瞬怖かった。傍から見たら、喧嘩でも始まったのかと思うだろう。

わからなかった。なぜそんなに怒るのか。理由を聞かなければならないと思って、トムの向かいの席に座りなおした。

「どうして男女で値段が違うんだ!差別だ!古い!日本の問題点はここだ。どうしていつも男女で差があるんだ!」

早口と訛りではっきりわからないけれども、帰り際に私が渡したチラシがトムの癇に障ったのはわかっていた。

返事する隙はなかった。

「なあ、どうしてだ!?」

トムに問いつめられた。

私は普段目にする街コンやイベントを参考に価格設定していた。

男性     女性
1人参加6000円 3500円
2人参加5000円 3000円
3人参加4000円 2500円

トムはこれが気に入らなかった。

「女性のお前がどうして男女差別を助長するようなことするんだ!」
トムの勢いは止まらなかった。

このチラシは印刷前に別のオーストラリア人男性にチェックしてもらっていた。その時は「良いね、この値段でいいよ!」と言ってもらっていた。

「飲み放題だから。平均的に男性のほうがたくさん飲みます。」

私は何か答えなければいけないと思ってとっさに答えてみたものの、トムには届かなかった。トムの勢いは収まらなかった。

トムの横に座っていたエディが「まぁ確かに男性のほうが飲むよね。」
と苦笑いしながら助け船を出してくれた。

トムは立ち上がった。
「経営者だろ!そんな古い考えでどうする!
オーストラリアもそんな時代はあった。でも遠い過去だ。今は違う。」
両腕を振り下ろして、全身で怒りを表現した。トムは経営者。テーブルの周りをうろうろしながら一通り言いたいことを言い放った。

それから木製の丸椅子に腰をおろしたトムはふと突然、静かになった。

「お前のリップはきれいだ。アイワナキスユー。」

「・・・」
(この人はただ酔っぱらっているだけなのか。)
その場の緊張感がとけた。

「女性のほうが会費が安いのは、男性より収入が低いからです。」
(それに、イベントは女性にたくさん来てほしい。女性はイベントに参加するまでにも日々の美容から何からお金がかかるから、高いと来れない)とも心の中で思ったけれど、言えなかった。それをちゃんと伝えるほどの英語力もなかった。

「差別は日本の問題だ!
娘は日本にずっと根付いている差別の習慣でとても大変そうにしている!仕事でもそうだ!」
トムに怒りが戻ってきた。

「でも君の娘は安く参加できるよ。」
エディが言った。
トムは一瞬ピタッと静止した。

トムの言うことはわかる。昔より平等とはいっても、中途半端な時代に育った。だからこそ、なぜトムに日本代表として怒られなければならないのかと、反論したくなった。

「私だって知りたいです。どうしてがんばって勉強をして同じ学校を出ても、男性の同期のほうがはるかに高収入になるのか。
どうしてなんですか?」とトムに言った。

「そうだろ!そう思うなら同じ値段にしろ!俺が書く!」
と言ってトムはチラシの値段を書き換えた。

”The price must be the same. It's international standard.”

トムはさらさらっと金額を書き換え、飾りまで付け足した。


腑に落ちなかった。平等にしたくて女性を安くしたつもりだったから。

エディは言った。
「そうは言っても、現実的には厳しいんじゃない?」

「国際パーティーなら国際基準にあわせるべきだ!
日本にNEW WORLD を取り入れるんだよ。
時代はNEW WORLDなんだ!
オリジナルなパーティーを作れ。
それが個性っていうんだよ。
そうだ!パーティーならあいつだ、あいつを紹介してやる!」
トムのテンションが上がった。

何やら、流れが変わったようだ。

トムは「パーティーのドンを紹介するからついて来るか!?」と言った。

この時、深夜0:30

私は断った。

チャンスだったかもしれない。
インターナショナルスタンダードならついて行くべきだったのだろうけれど。この日も翌日も予定が詰まっていて、体力的に限界だった。

トムはタクシーに乗り込み、次のバーに向かった。3か月ぶりにこの日を楽しみにして飲みに来ていた。

私はエディと駅へ向かった。
「大丈夫だった?」
エディは穏やかに気遣ってくれた。
「トムも子供のことでいろいろあるんだ、許してやって。」

トムがこうやって意見を言ってくれたことはありがたいと思う。自分になかった考え方に気づかされた。
ただ、チラシは既に100枚以上配ってしまった。どうしたものか。
とにかくきちんとフィードバックに向き合おうと思った。

※ここに出てくる人名は仮名です。

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