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◎あなたも生きてた日の日記㊲初めて経験する痛み


正直言うと、なめていた。
他人が突然「あー待って、つる、つる!」と言って突然動きを停止することを、その後「あーやばい、つった!」と言って苦悶の表情で足を掴むことを、全然理解できなかった。

私は足がつったことがない。
だから他人が「足がつった」という状態にある時には、必ず「予測」の時間になる。どれくらい痛いのか、どの程度動けないものなのか全くわからないので、つらそうな本人に「これ止まっておいた方がいい?」とか、「まだ時間かかりそう?」とか聞いていた。
今振り返るとなんて残酷なことを、と思う。何せ、つった本人もその痛みがどれだけ続くかなんて予想できず、その状況をただただやり過ごすことで精いっぱいなのだから……と考えるようになったのは、先日人生で初めて足をつったからだ。

なかなか無茶なスケジュールで過ごしていたある日、朝目覚ましで飛び起きて、「さあ布団から出よう」と片足を立て体重をかけた瞬間、ふくらはぎに激痛が走った。
「えっ…」と言う声が出て、その後全く動けなくなった。痛い。とにかくめちゃくちゃ筋肉が痛い。ふくらはぎに今まで感じたことのないほどの異変が生じていることは明らかだった。でもこれは…一体何だ??
頭の中は「????」でいっぱいになり、この状態を表す言葉を急速に探し始めた。そして今まさに自分が取っている行動(動きを停止して、ふくらはぎを持ってじっと耐えている状態)に、既視感を覚えた。

「あ、これがもしかして……足が…つるってこと…?」

悶えながら、「あーまじか」「足がつるってこれか」「えっ全然厳しいじゃん」「あーまったく動ける気配がないぞ」「早くこの時が過ぎてほしいって結構本気で思うなあ」などと思った。そして、ただその時に耐えながら、今まで一緒にいる時に足がつったことのある人全員に謝りたい気持ちがむくむくと湧いてきた。

ごめんなさい、私は全然わかっていなかった。
足がつるってこんなにもつらいことなのか……。

そもそも、こんなにつらいのになぜ「そんなに大したことないんじゃない?」と思っていたのか。その点に関しては心当たりがあって、つまりは言葉の問題だと思うのだ。「つった」という言葉がなかなかにいけないのではないか。どこか軽い感じがするし、発音すると間が抜けていて、ひどい痛みではないような印象を与える。

ちなみに、「つった」は漢字で「攣った」と書く。漢字にするとなかなか、いかつくて良いのではないか。「こむら返り」という言い換えもある。こむら返り、ちょっとかわいい響きでありつつ「返り」あたりにただならぬ怖さを感じて良いのではないか。

そんなことを考えながら、「たとえ自分が経験したことがなくとも、人の痛みを簡単に見積もったりしてはいけない」という当たり前のことを改めて強く心に誓った出来事だった。


(あなたも生きてた日の日記㊱ 身体感覚について⑦)