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2023年3月に観た映画

既に記事を書いた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』と『フェイブルマンズ』は除外して、3月に観た映画たち。


ベネデッタ

監督:ポール・バーホーベン
2021年
131分
17世紀、ペシアの町。聖母マリアと対話し奇蹟を起こすとされる少女ベネデッタは、6歳で出家してテアティノ修道院に入る。純粋無垢なまま成人した彼女は、修道院に逃げ込んできた若い女性バルトロメアを助け、秘密の関係を深めていく。そんな中、ベネデッタは聖痕を受けてイエスの花嫁になったとみなされ、新たな修道院長に就任。民衆から聖女と崇められ強大な権力を手にするが……。
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ポール・バーホーベン、御年80を越えても丸くなる予定全くなし!
かつて、女には性欲が無いと思われ(今でもわりとそう思ってる人はいるっぽい)、女とは「男になれなかった者」であるのだから、そんな女が男ではなく女に惹かれることなど絶対にありえないとされていた時代の、実話を基にした物語。
彼の作品ではいつも、主人公は自らの意思で人生を選択し、行動していく。
その行動が、世間的に見て正しかろうが正しくなかろうが何だろうが、己の道を突き進むのみである。
バーホーベンも、別に主人公に共感して欲しいと思ってキャラクターを描いてはいない。

女同士の情事、とりわけ「道具」を使った行為は完全タブーとされていたわけだが、今作では一体何が「道具」になっているか。そしてその隠し場所は。
まるで神々しさのないイエスといい、相変わらずバーホーベン節が効いている。

ベネデッタを演じたヴィルジニー・エフィラは、バーホーベンの前作『エル』で彼女が演じた役を考えると面白い。
シャーロット・ランプリングの凄みはもはや言うまでもないが、特に最後の彼女の行動はうおおと思わず声が漏れそうに。

観客の価値観、考えをグラグラと揺らし続ける作品であることは間違いないが、何よりエンターテイメントとして十分に堪能できる作品である。
ちょっと都合が悪くなったらドスの効いた声で叫ぶやつ、いつか自分もやってみたい。

天国でしもべになるより、地獄で支配者になるのだ!


逆転のトライアングル

監督: リューベン・オストルンド
2022年
147分
モデルでインフルエンサーとしても注目を集めているヤヤと、人気が落ち目のモデルのカール。美男美女カップルの2人は、招待を受けて豪華客船クルーズの旅に出る。船内ではリッチでクセモノだらけな乗客がバケーションを満喫し、高額チップのためならどんな望みでもかなえる客室乗務員が笑顔を振りまいている。しかし、ある夜に船が難破し、海賊に襲われ、一行は無人島に流れ着く。食べ物も水もSNSもない極限状態のなか、人々のあいだには生き残りをかけた弱肉強食のヒエラルキーが生まれる。そしてその頂点に君臨したのは、サバイバル能力抜群な船のトイレ清掃係だった。
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現代社会のヒエラルキー、その欺瞞を皮肉たっぷりに描き続けているリューベン・オストルンドの最新作。

アル中のウディ・ハレルソン(船長)がいるだけでもうロクなことにならない気しかしないのだが、案の定セレブたちを乗せた豪華客船は地獄絵図に。
「こういう時は食べた方が楽になりますから!」とか(そんなわけないだろ)、いちいち笑える。
画面もゆらゆら揺れることで、船酔い体験映画としても最悪である。
観る前はあまりお腹いっぱい食べたり飲んだりしないのがおすすめ。
悲惨なことに、船酔いで食べたものが上から出るだけでなく下からも大変なことになるのだが、何故乗客がそういうことになるのかの伏線もしっかり描かれている。
ちなみに船長はアル中で通常時もフラフラなので、みんなが大変なことになってる時も全然様子が変わらない。

ブルジョワたちを皮肉を込めて描くということで、今作は「画面が汚めのルイス・ブニュエル映画」と言えるかもしれない。
ブニュエル繋がりで言えば特に後半は『皆殺しの天使』要素もある。
島に流れついてからの『蠅の王』的な展開も、ラストに至るまでなんとも虚しい。
物語が進むにつれ、登場人物の立ち位置もより複雑化していき、よりそれぞれに人間味が増していくように思える。

「リューベン・オストルンドならこれくらいは面白いはず」という期待を上回る面白さ。観終わってみれば自分でもちょっと意外だったが、今年のアカデミー作品賞ノミネートの中でもかなり上位に入る好みの作品だった。


西部戦線異状なし

監督:エドワード・ベルガー
2022年
147分
第1次世界大戦下のヨーロッパ。17歳のドイツ兵パウルは、祖国のために戦おうと意気揚々と西部戦線へ赴く。しかし、その高揚感と使命感は凄惨な現実を前に打ち砕かれる。ともに志願した仲間たちと最前線で命をかけて戦ううち、パウルは次第に絶望と恐怖に飲み込まれていく。
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第一次世界大戦の塹壕戦についての映画は、最近だと最新技術を駆使した傑作ドキュメンタリー『彼らは生きていた』やワンカット風の撮影が話題となった『1917 命をかけた伝令』が記憶に新しいが、ここに新たな名作が加わった。
今年のアカデミー賞でも、作曲賞、撮影賞、国際長編映画賞、美術賞の計4部門で受賞を果たしている(特に劇中で流れるあの曲は印象に残るので、作曲賞も納得)。

まず塹壕のあのビシャビシャした感じが、戦闘以前に何らかの病気になりそうな気がする。
清潔な場所で、満腹になるまで食べて、ゆっくり眠る。
これがどれほど幸福なことか。

序盤の軍服を受け取るところで、既に悲惨な末路が示されている。
さっきまで普通に会話をしていた者が、地元の友が気がつけば帰らぬ者となり、目の前にいる敵国の軍人、その個人には何の恨みもないのに、彼を撃ち、刺さなければならない。
たとえ休戦の時間になっても無視して戦闘を続けるとかではなく、しっかり時間になったら止める、そのやけに事務的なところにもより悲惨さを覚える。
戦争とは一体何なのかを改めて考えてしまう作品である。
スポーツの試合と違い、そこでは死人が出ているのだ。

『炎628』の主人公のように、戦争映画では主人公の顔の変化がやはり印象的。
戦意高揚している序盤と、戦場の現実を見たラスト。
その対比は恐ろしいものがある。
Netflix配信作品なので、やはりスクリーンの大きな映画館で、あの映像と音響を感じたかった気持ちがある。


犬王

監督:湯浅政明
2022年
97分
京の都・近江猿楽の比叡座の家に、1人の子どもが誕生した。その子どもこそが後に民衆を熱狂させる能楽師・犬王だったが、その姿はあまりに奇怪で、大人たちは犬王の全身を衣服で包み、顔には面を被せた。ある日、犬王は盲目の琵琶法師の少年・友魚(ともな)と出会う。世を生き抜くためのビジネスパートナーとして固い友情で結ばれた2人は、互いの才能を開花させてヒット曲を連発。舞台で観客を魅了するようになった犬王は、演じるたびに身体の一部を解き、唯一無二の美を獲得していく。
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自由なアニメーション表現で観客を驚かせ続けてきた湯浅政明の最新作は、室町時代×猿楽×ロック×ポップ音楽映画。
脚本はドラマ『アンナチュラル』『MIU404』、映画『罪の声』などの野木亜紀子、音楽はドラマ『あまちゃん』『エルピス-希望、あるいは災い-』、映画『花束みたいな恋をした』などの大友良英が手掛けており、このメンバーが名を連ねただけで面白い作品であることが確定している。

そうかこういうやり方で和風ミュージカルというものを作る方法があったか!と驚いた映画としては、岡本喜八が監督した『ああ爆弾』を思い出した。
かつて、この国にどのような音楽が存在したのか、どのようなアーティストが存在したのか。
記録されていないことはもう分からない。
オーディエンスだって、もしかしたらあんな感じに盛り上がっていたかもしれないし、QUEENみたいな曲も、マイケル・ジャクソンみたいなダンスだって存在したかもしれない。
当時ある技術を駆使した、それはもう人々を圧倒するようなライブ演出もあったかもしれない。

たとえ厳しい現実を描く悲劇だとしても、それでも、いなかったことにされた者、消されてしまった者への優しく真摯な眼差しは、湯浅政明と野木亜紀子の作風を感じる。
いつも監督の作品は、一言でハッピーエンドともバッドエンドとも言えない、何とも名状し難い気持ちになるのだ。

たまたま名古屋で再上映をしていたので、スクリーンの大音量で見届けることができて良かった。


シン・仮面ライダー

監督:庵野秀明
2023年
121分
“人類を幸福に導く”と謳う組織〈SHOCKER〉によってバッタオーグに改造された本郷猛は、緑川弘博士とその娘、緑川ルリ子とともに組織を裏切り、逃亡する。追ってくる敵を“プラーナ”によって得た力で殺してしまったことに苦悩する本郷。しかし、緑川弘が殺され、死に際にルリ子を託されたことで、『仮面ライダー』を名乗りルリ子と共に〈SHOCKER〉と戦うことを決意する。
MOVIE WALKER PRESS

ゴジラ、ウルトラマンときて、次なる「シン」は仮面ライダー。
物語のトーンが(良い意味で)馬鹿っぽくなったり、シリアスになったりと結構変わることもあり、まるでテレビ版のエピソードを何話かひとつの映画に詰め込んだ印象。
これが映画的、映画作品なのかと言われると難しいかもしれないが、今作に限っては悪くないと思う。
ちなみに、今作の序盤(映画開始から約25分)『クモオーグ編』が現在TVerで配信されているので、本当にテレビ版エピソードの1話として観ることができる。
4月16日(日)まで配信されているそうなので、これを観てハマったら映画を観に行く、という形もありかもしれない。

なんとなく「初代仮面ライダーを演じた藤岡弘が撮影中に骨折したため、急遽2代目ライダーがキャスティングされた」みたいなエピソードをぼんやりと知っていたが、まさか骨折ネタも入れてくるとは…。
もちろん知っておいた方がより楽しめることもたくさんあると思うのだが、知らない人は置いてけぼり、オタクだけが楽しめる作品にはなっていなかったとも思う。

それはやはり、今をときめくスター陣を揃えた効果かもしれない。
池松壮亮は髪型や雰囲気も含め今作の主人公・本郷猛にぴったりだったし、柄本佑演じる一文字隼人は誰もが好きになっちゃう美味しいキャラ。
予想しなかった浜辺美波(ルリ子)×西野七瀬(ハチオーグ)の関係性は、またファンアートが量産されそうな予感。
『シン・ウルトラマン』では少し過剰に思えた実相寺アングルのオマージュも、今回はバランスが良かったのか画作りを楽しむことができた。
オリジナルへのリスペクトとも思えるカリカチュアされた台詞回しも次第に慣れてしまうし、そのカリカチュアされた違和感も楽しむものなのかもしれない。

まったく良い意味で変な映画だと観ていたのに、気付けば熱い気持ちも湧いて、鑑賞後はどこか爽やかな気持ちになった。
初見でも楽しめたが、結構脳内が忙しいので何回か観る度により好きになっていくタイプの作品な気がする。


危険な関係

監督:ロジェ・ヴァディム
1959年
106分
外交官夫妻のバルモンとジュリエットは、パリの社交界でも目立つ存在だ。しかし、実際の二人は、お互いの情事の成果を報告し合う奇妙な夫婦関係を続けていた。ジュリエットは、愛人だったアメリカ人のコートが18歳のセシルと婚約したことを知り、嫉妬心からバルモンにセシルを誘惑するよう持ちかける。セシルを追って冬のメジェーヴまで来たバルモンは、そこで貞淑な人妻マリアンヌと出会い、本気になってしまう。
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ピエール・ショデルロ・ド・ラクロが1782年に発表した書簡体小説をもとに、フランスのスター、ジャンヌ・モローとジェラール・フィリップ主演で映画化された作品。
字幕版で観たが、ジェラール・フィリップの吹替は安定の野沢那智らしい。
彼の甘いルックスは知っていたが、今作で最初に姿が映った際のそのスタイルの良さにも驚いた。
全編ジャズが流れることで、よりスタイリッシュな作品となっている。

映画や小説などでは奇妙な夫婦関係・恋愛関係が時折描かれる。
個人的にそういった作品を観ることは結構好きなので、今作も楽しんで観ることができた。
そもそも家の中で夫婦がどんな営みをしているかはそれぞれの自由であり、他人が知る必要がなければ文句を言う権利もないだろう。
とはいえ今作の場合、その夫婦の愉しみに巻き込まれた人がいるので気の毒だが。

今作は冒頭、監督自身が出てきて観客に向かって語りかける前置きがある。
当時もこういったスタイルがわりとあったのかは分からないが斬新なものに思えたし、1959年の男性監督の作品で「男が遊びまわればプレイボーイ、女が遊びまわれば淫乱呼ばわりなんておかしいよね」といった監督の言葉が出てくることは現代的に感じる。

ジェラール・フィリップは今作が公開された1959年に亡くなっている。
彼が40代、50代、60代…と生き続けて、歳を重ねるごとに更に魅力的になっていく様を見たかったと思う。
物語自体は下世話な恋愛模様だが、3月で営業休止するミニシアターで観たこともあり、鑑賞中はどこか寂しい気持ちになった。
それでも、例え何があろうともまっすぐ凛と前を向き己の道を行く、ラストのジャンヌ・モローの姿は目に焼き付いている。


劇場版センキョナンデス

監督:ダースライダー プチ鹿島
2023年
109分
ロンドン育ちで海外メディアの情報に精通するダースレイダーと、新聞14紙を毎日読み比べするというプチ鹿島。2021年の衆院選では香川、22年の参院選では大阪・京都を訪れて合計十数人の候補者に突撃取材を敢行し、忖度なしのインタビューで思わぬ本音を引き出していく。そんな中、大阪での取材中に安倍晋三元首相銃撃事件が発生し、取材の旅は予想外の方向へと展開する。
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ラッパーと時事芸人が、2021年と2022年に日本で行われた二つの選挙戦を追ったドキュメンタリー。
前半は、『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』でも話題になった香川での衆院選、後半は大阪・京都での参院選が主な舞台となる二部構成となっている。

香川編は、選挙の面白さが分かりやすく描かれているパートである。
「デジタル」「ワニ大臣(プチ鹿島氏がずっとラコステのTシャツを着て取材をしている)」「パレード」などのキーワード、選挙活動は有権者誰もが見ることのできる、開かれたものであるはずなのに、なぜかこちらが見たり撮影をしようとするとすっ飛んでくる「怖い人(ここで嘘みたいな怖い人が飛んでくるところが面白い)」の存在。
そして四国新聞のジャーナリズムよ何処へ。
四国新聞記者とのぐるぐる追いかけっことかFAXとか笑うしかないが、最後の最後に付いているオチには結構ゾッとした。

大阪編は、「なぜ大阪は維新が強すぎるのか」に切り込み、町でさまざまな候補者に話を聞いていく。
菅直人(a.k.a 闘うリベラル)だいぶおじいちゃんになったなー(でもまだまだ元気だな)とか、というか全編通して菅直人の奥様の演説が一番凄いだろとか、文字で読む公約だけでは分からない、自らの言葉で伝える街頭演説を聞くと、例え支持しない政党の候補者でも思いが伝わる部分もある。
選挙は言わば「推しを応援するイベント」とも言えるのだ。
自分の暮らしや未来を考えながら、選挙活動に参加することは楽しいものであり、選挙は一種のお祭りだった、2022年7月8日の昼までは。

あの日、安倍晋三元首相銃撃事件が起きた日も、二人はカメラを回していた。
午後になり、安部氏の無事を祈りつつ、その日の選挙活動が続々取りやめになっていく中で、とある超有名候補者が二人のカメラの前に立ち、二人と同じタイミングで安部氏の訃報を知ることになった。
その候補者は言わば安部氏とは反対の立ち位置にいるような、対立している人なのだが、そこでの訃報を聞いた際の絶句、そしてなんとかカメラの前で言葉を紡ぐ様子がなんとも人間的で印象に残る。
対して、安部氏と近い立場にいた人は、まだ公式発表が出る前にお悔やみをSNSに投稿し自分の情報網をアピールしていた…ということを知ると、人間の奥深さについて考えてしまう。

政治を扱いながら、前半、そして襲撃事件のパートまでは劇場も笑いに包まれる面白いドキュメンタリーだった。
そもそも女である自分が投票できるのは先人が動いてくれたからでもあるので、自分の一票を大切にしようという気持ちも強くなった。
二人のカメラは、次は何を捉えるのだろう。

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