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家族たちの肖像 『フェイブルマンズ』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

2023年3月3日に日本公開された『フェイブルマンズ』と『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(こちらは長いので以下公式略称のとおり"エブエブ")』は、どちらも家族についての映画だった。
ひとつは巨匠映画監督の自伝物語、ひとつはマルチバースカンフーアクションなのだが、その根幹となる部分はとても個人的な、ミニマムな家族物語である。

今回はこの2作品の感想文になるが、それぞれ後半は警告後にネタバレも含む。


フェイブルマンズ

監督:スティーブン・スピルバーグ
2022年
151分
初めて映画館を訪れて以来、映画に夢中になった少年サミー・フェイブルマンは、母親から8ミリカメラをプレゼントされる。家族や仲間たちと過ごす日々のなか、人生の一瞬一瞬を探求し、夢を追い求めていくサミー。母親はそんな彼の夢を支えてくれるが、父親はその夢を単なる趣味としか見なさない。サミーはそんな両親の間で葛藤しながら、さまざまな人々との出会いを通じて成長していく。
映画.com

巨匠、スティーブン・スピルバーグの最新作。
もう偉人レベルの人なので、『ジョーズ』『ジュラシック・パーク』を撮った人の新作をリアルタイムで観られるのは凄いことのような気がする。

今作は幼少時に映画に出会い、そこから自らも映画作りを始めた彼の自伝的作品となっている。
とはいえ主人公の名前はサミー・フェイブルマンとなっており、多少の映画用脚色は加えられているだろう。
「スピルバーグってこんな少年期だったんだ…」と全て真に受けない方がいい気はするが、おそらく事実に近いと思われるのは彼の家族関係のことである。

スピルバーグの作品には仲が上手くいっていない両親、父親の不在が頻繁に描かれる。
『E.T.』の一家に父親はおらず、『宇宙戦争』でトム・クルーズ演じる主人公は妻と離婚しており、『未知との遭遇』では最後に父親が…という具合である。
『フェイブルマンズ』で描かれるサミーの両親の関係は決して常に喧嘩をしているような険悪なものではないが、少しずつ糸が綻んでいくような切なさ、虚しさがある。
両親を演じるポール・ダノとミシェル・ウィリアムズの演技は素晴らしく、また個人的に驚いたのは父の同僚であるベニーおじさんを演じたセス・ローゲン。途中まで彼だと分からなかったし、彼の演技によってベニーの愛嬌、人間らしさが出ていたと思う。もっと憎まれキャラになってもおかしくなかった。

両親に連れられ劇場で観た映画に魅了され、自分でもカメラを回して撮影を始めるサミー。
妹たちや友達に協力してもらい映画を撮りながら(いろいろ工夫して自主映画を撮るシーンはアイデア満載で楽しい)、彼は家族のイベントごとの際にもホームビデオを撮影していた。
ある日、自分が撮ったフィルムを見返していたとき、彼はあるものが映っていることを発見する。

※以下、『フェイブルマンズ』のネタバレあり。


何気なく回していたカメラに、母とベニーおじさんが親密にしている様子が映っているのを見つけるサミー。
ここの発見シーンは異様にスリルがあり、スピルバーグの自伝映画を観ていたはずが急にブライアン・デ・パルマの『ミッドナイト・クロス』やミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』が始まってしまった。
ちなみに『ミッドナイト・クロス』は今まで観た映画の中でも本当に酷くて皮肉で切なくて最悪で最高のラストだと思う。

いわゆる「映画愛」を謳った作品のように思えるが、カメラを通して撮るという行為の代償のようなものも描いてみせるこの作品。
それは終盤のプロムのシーンにも通じる。
映画は人を感動させ、希望も与えるが、同時に人を壊すこともある。

妹と親が喧嘩している深刻な場面すら、「今ここを自分だったらどう演出し、どう撮るか」と思わずサミーが考えてしまうところも今作のハイライトである。
作り手の性を描いたシーンに見えるし、同時にスピルバーグ自身がつらい時に「これは作品の中の出来事だ」と考えることで乗り切っていたと捉えることもできる。

一筋縄ではいかないスピルバーグの「映画についての映画」は、映画ファンにとってちょっとしたプレゼント付きでエンディングを迎える。
スピルバーグと年齢も近いだろうもうひとりの巨匠デイヴィッド・リンチが、あの伝説的映画監督ジョン・フォードを演じて登場する(顔に大量のキスマーク付き)。
スピルバーグが自伝映画を作ると聞いた時には、もしかしてもうキャリアの締めくくりに取り掛かってる…?いや年齢的には仕方ないかもしれないけれどちょっと待ってよ!と思ったのだが、今作のユーモア溢れるラストカットはまるで「まだまだこれからも映画上手くなります!」と言っているように思えてなんだか勝手に嬉しくなった。
人間とは、映画とは矛盾を抱えたやっかいなものであることを描いた上で、それでもやっぱり映画が好きだと思わせてくれる傑作である。



エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

監督:ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート
2022年
139分
経営するコインランドリーは破産寸前で、ボケているのに頑固な父親と、いつまでも反抗期が終わらない娘、優しいだけで頼りにならない夫に囲まれ、頭の痛い問題だらけのエヴリン。いっぱいっぱいの日々を送る彼女の前に、突如として「別の宇宙(ユニバース)から来た」という夫のウェイモンドが現れる。混乱するエヴリンに、「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と驚きの使命を背負わせるウェイモンド。そんな“別の宇宙の夫”に言われるがまま、ワケも分からずマルチバース(並行世界)に飛び込んだ彼女は、カンフーマスターばりの身体能力を手に入れ、まさかの救世主として覚醒。全人類の命運をかけた壮大な戦いに身を投じる。
映画.com

本年度アカデミー賞の最有力と言われている作品。
観てみるとかなりはちゃめちゃなカオス映画で、作品賞をとる(かは分からないけれど)とすれば凄いことだろう。
監督は前作が『スイス・アーミー・マン』『ディック・ロングはなぜ死んだのか?(こちらはシャイナートのみ)』などのダニエル・クワン&ダニエル・シャイナートのコンビ、通称ダニエルズ。
上記の映画を撮った監督が、アカデミー賞最有力!?と、改めて驚いてしまう。ちなみに、この作品でも最もくだらない(褒めてる)役で自身が出演している。

スーパースター、ミシェル・ヨーが今回演じるのは疲れ切った中年女性。
今作はマルチバース映画というだけでなく、アメリカ合衆国でアジア系移民として生きることの映画でもあり、クィアについての映画でもある。
経営するコインランドリーで休みなく働き、父親の介護をし、旦那は頼りなく見える。
中国語よりも英語の方が堪能になっていく娘はガールフレンドを家に連れてくる。
序盤の主人公エヴリンの様子は、見ているこちらもどこか息苦しくなる。実際、自分のキャパがいっぱいいっぱいになっている時につい人を傷つけるようなことを言ってしまったり、誰かを適当にあしらってしまって後悔したりということはきっと誰もが思い当たることだ。

『エブエブ』はマルチバースを描いているため、目まぐるしい映像表現とスピード感、画面の情報量にかなり面食らうが、根っこにあるテーマはある一家の物語である。
そのため、物語を見失うことはないので安心して観ることができる。

今作が面白い点は、敵と戦うため異なるユニバースにいる自分の能力をインストールして使うことができるという設定だ。
別ユニバースで料理人となっている自分からは料理道具を使って戦う能力を、歌手になっている自分からは戦うための肺活量を手に入れる。
その際、異なるユニバースの自分にアクセスするためには変な行動をとる必要がある、という設定も面白い。これは何かに挑戦するには自分の殻を破るんだ、ということのメタファーだろう。
しかもその変な行動がリップスティックを食べるとか紙で自分の手を切る(痛い)とか、結構しょうもない奇行だ。
ここで結構下ネタが多用されるのは個人的に乗れない部分だった。そういうネタには走らずに「変なこと」を表現するのが面白いと思う。
ちなみに下ネタが多用されるドタバタ劇で最後は勢いと家族愛で感動させる、という点で今作はかなり劇場版クレヨンしんちゃんっぽい。

※以下、『エブエブ』のネタバレあり。


異なるユニバースの世界には映画オマージュも散りばめられており、特に映画スターとなっているエヴリンのシーンは思い切りウォン・カーウァイ作品(特に『花様年華』?)のオマージュになっている。
あの独特なカーウァイ映像(リンク先動画の0:20くらい)を完コピしている。
料理人ユニバースでは『レミーのおいしいレストラン』的なシーンもあり、そこを引っ張ってくるかと驚いてしまう。

広い広いさまざまなユニバースの世界で、親と子の物語を描く今作。
最終的には母と娘、そして家族の固いつながりが感動を高める。
例えどこのユニバースにいたとしても、私とあなたはどこまでも親子、母と娘なのだ。
今現在、親子の関係で悩む人や、つらい幼年期を過ごしたことで親を心底恨んでいる人にとっては結構つらい話かもしれない。
血縁が全てではない、さまざまな擬似家族を描く映画が昨今増えているが、今作は逆に家族の固い繋がりを描く。
この物語の決着は、きっと彼らが移民であることに大きな意味があるのだと思う。「家とか家族が全てじゃないよ」と言えるのは、きっと移民ではない者の特権だろう。
良くも悪くも、簡単にLINEをブロックするように切り捨てられないのが家族だ。

今年に入ってから観たアカデミー賞の作品賞候補作では『イニシェリン島の精霊』や『フェイブルマンズ』の方が全然好みだが、この作品を世界中が支持する勢い、先日行われたSAGでのジェームズ・ホン御歳94歳の感動的なスピーチ、旦那役キー・ホイ・クァンの俳優業カムバックなどエブエブのエモーションがかなり高まっているし、この作品が作品賞に輝くところは見てみたいと思う。
くだらなくて楽しくて胸を打つ、最高にマッドネスなマルチバース・エンターテイメントだ。

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