見出し画像

『名探偵コナン 黒鉄の魚影』雑感

監督:立川譲
2023年
109分

世界中の警察が持つ防犯カメラをつなぐ海洋施設「パシフィック・ブイ」が東京・八丈島近海に建設され、本格稼働に向けて世界各国のエンジニアが集結。顔認証システムを応用した、ある新技術のテストが行われていた。一方、コナンたち少年探偵団は、園子の招待で八丈島にホエールウォッチングに来ていた。するとコナンのもとへ沖矢昴(赤井秀一)から、ユーロポールの職員が、ドイツで黒づくめの組織のジンに殺害されたという知らせが入る。不穏に思ったコナンはパシフィック・ブイに潜入するが、そこでひとりの女性エンジニアが黒ずくめの組織に誘拐される事件が発生。そして、八丈島に宿泊していた灰原のもとにも黒い影が忍び寄る。

映画.com


毎年楽しみにしてるコナン映画。
これが公開されると春だなぁという感じがするし、もう26作目ということに驚く。

昨年の『ハロウィンの花嫁』は、単体の映画作品としてかなり好きだったので今年も期待して観に行ったが、昨年に負けず劣らずの作品になっていたと思う。
立川譲監督、『BLUE GIANT』に続き現行アニメ映画の超ヒットメイカーだ。

ここでは誰が事件の犯人かは書かないが、どういったトリックが使われたかなど、物語の展開について触れる部分がある。


いきなりマリオ・アルジェントという名前のキャラクターが出てきたのはちょっと面白かった。
監督が好きなんだろうか。
この『黒鉄の魚影』も、せっかくなので決してひとりでは見ないでくださいーーー。

エンジニアである直美・アルジェントが開発した「老若認証」は、AIの顔認証による解析、人間が歳をとった姿の再現、そして世界中の防犯カメラの情報を元に犯罪者を追跡できるという優れものだった。
確かに優れものだが、これを使われると非常に困るのが江戸川コナンと灰原哀。
2人は黒の組織が作った毒薬により身体が小さくなったことを隠して生活しているので、ここで「老若認証」を行いAIが彼らの10年後の姿を出してしまったり、江戸川コナンと工藤新一が同じ人物であると解析されてしまったら大変なことになる。

ちなみに、最新テクノロジーにより大人になった姿を晒されそうになり危機一髪、という展開は過去作『天国へのカウントダウン』にもあった。
今作『黒鉄の魚影』は、『天国へのカウントダウン』と重なる部分、対比になる部分がいくつかある。

『天国のカウントダウン』も、組織が灰原哀=シェリーに接近する物語となっており、まだ組織を抜けて間もない半ば自暴自棄&人間不信になっている彼女が最後は自らの命を犠牲にしようとする場面がある。
あのシーンは、命をかけてコナン達を助けようとした、というよりはもう自分の命などどうなってもいいと考えていたような、かなり後ろ向きの選択に見える(結果、前向きの塊のような存在である元太に助けられる)。

あれからいろいろなことがあり、コナンにも、周りにもだいぶ心を開いた彼女の違いを見ているだけでも今作はどこか熱い気持ちになる。
名探偵コナンは、あまりにも悲惨な境遇、悲しい過去を抱えているせいで「死んでもいい」とすら思っていた女性が、誰かに勇気を与える存在になるまでの物語でもあるのだ。

今作の魅力的な部分は、コナン側も組織側も、キャラクターたちがみなただのお飾りではなくそれぞれの役割を与えられ、それを全うしていたところにある。
もはや純粋なメンバーが少なすぎて何かとネタにされがちな黒の組織も、あのいざとなればシェリーにすぐ近付けるスピード感はやはり恐ろしいし、組織に潜入しているキールは今作のMVPと言えるかもしれない。
灰原が誘拐される時、相手が誰がは知らんが問答無用で身体が動く蘭は滅茶苦茶かっこいい。コナンに「合図するまでここで待ってろ」と言われた時に新一が重なるが、そこでわざわざ「新一…?」というような心の声台詞を付けない演出もスマートだ。
博士の発明品がなければどうにもならなかったし、名探偵コナンはコナン、安室、赤井が凄いというだけじゃないということがよく分かる。


※以下、事件のトリックについて記載


今作のトリックには、ディープフェイクが使われている。
最近だとケンドリック・ラマーが昨年発表したアルバム『Mr. Morale & the Big Steppers』より先行配信された『The Heart Part 5』のMVでケンドリックの顔がOJシンプソンに、カニエ・クエスト(イェ)に、ウィル・スミスに、コービー・ブライアンに次々と変わっていく様に驚かされたことが記憶に新しい。
また、2020年のドキュメンタリー映画『チェチェンへようこそ ーゲイの粛清ー』では、ロシアのチェチェン共和国で弾圧を受けるLGBTQの人々が国外脱出を試みる姿が描かれるが、出演した人々の身を守るためにこの技術(今作の製作者は「フェイスダブル技術」という言葉を使っている)を駆使し身元を特定できないようにしている。
このディープフェイクは誰かの身を守るためのものになると同時に、この技術を使った合成ポルノ動画などが問題にもなっている。

最新技術や流行りものをいち早く物語に取り入れるリアルタイム感も、名探偵コナンの面白いところだ。
掲示板の書き込みが殺人の動機になったり、自撮り棒で撲殺される事件があったり、タブレット端末を何枚も駆使してエレベーター内での密室を偽装したり、かれこれ1994年から続いている名探偵コナンという作品内の時間の進み方がどうなっているのかは不明だが、その時事ネタを取り込むスピード感は楽しい。

異なる人間になりきる。
正体を隠す。
というコナンのスタート時点であり本質でもあるこのテーマが、ディープフェイクというトリックとも深く結びついている。

先述した通り、今作は注意深く登場人物を見ていれば犯人が分かる、とまではいかなくてもどこか違和感を覚えるようなつくりになっている。
ここが観客にフェアで親切だと捉えるか、劇場版なんだからもっと複雑なトリック、ミステリーが見たかったと捉えるかは人それぞれかもしれない。
一緒に観に行った人はそのキャラクターを演じた声優のとある特徴で犯人が分かったしい。そんなこともあるのか。
近年の劇場版名探偵コナンでは「豪華な声優、ゲスト声優が出てきたらその人が犯人」説が囁かれていたので、それを散々言われたからか今回は思い切ってゲストキャラクターの声優を全員豪華にしていた。

映画ならではのお祭り感、豪華感もありつつ、かなり堅実に作られている印象が強い『黒鉄の魚影』。
日本で今(今年?)もっとも多くの老若男女が観るであろう作品内で、「国籍や年齢で人を差別すること」にはっきりとNOを唱えることもきっと大きな意味があるはずだ。
ここまで積み重ねた歴史があるからこそ描くことができる、シリーズにとって大切な一本、長く愛される作品となっていくだろう。


ちなみに、毎作恒例になっている阿笠博士のクイズだが、今回は「クジラが怒った時、体のどの部分に変化が起きるでしょう」といった内容(うろ覚え)で、このクイズはいつもダジャレクイズなので「怒る=ほえる=ホエールで口かな」とかぼんやり考えていたら全然違って普通に間違えた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?