飛び散る命の破片

 ある日学校で1人の男子生徒が死んだ。僕は一度も話したことがないけれど、顔くらいなら知っている。学校でも有名な生徒だった。部活は野球部でエース。成績優秀。女子生徒にも人気のある少年だった。だからこそ、彼の死を聞いた時、誰もが驚いた。 

「なんでA君が?」

誰しも人には言えない悩みがあるものだ。学校の元カリスマもそれは例外ではないし、誰にも弱みを見せることができない立場だったからこそ、その命を手放すほどに思い悩んでいたのだろう。驚くべきは彼が「死んでしまった」という事実のみ。

 1週間後、A君の担任教師がこの世を去った。自宅で遺体が発見されたのだ。後日、彼女は死んだA君と恋仲だったことが明らかになり、叶わぬ恋に酔いしれてた事実が瞬く間に学校に広まった。A君はおそらく、担任教師に対する恋慕が報われないことに苦しんでいたのだろう。B先生は、自殺したA君を追うようにしてこの世を去ったのだろう。

 野球部は甲子園の常連だった。しかしA君が自殺したことでその活気を失い、2年続けて地区予選で敗退。野球部の練習風景を横目で見ても痛々しかった。かつては気合の入った掛け声も、そこに生気は感じられない。硬球と金属バットから鳴る衝撃音が虚しく木霊する。ボールがミットに嵌るあの爽快な音が今ではどんよりとしている。土を蹴り上げ、グラウンドを駆けるあの乾いた足音からは勢いが感じられない。

 後日、A君一家が町を出た。息子を失った傷を癒しに、他の町に安寧を求めに遠くへ向かった。

 1つの命が爆発するかのように消えた。爆ぜて飛び散った命の破片が周囲を巻き込み、凶悪なナイフのように多くの命を傷つけたのだ。

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