力強いグラス〔ショートショート〕

 私、割れないグラス。もし人間だったなら、鉄仮面のような人だって言われるかも。テーブルの高さから派手に落ちたこともあるけど、割れないし、欠けもしない。一度でも落ちたら一瞬でかよわく割れちゃう他のグラスたちをみてると、いかにもガラスらしくてちょっとうらやましい。そういうときは特別な強さを思い出して切り替えるにかぎる。

 私たちは職人さんの手で一つ一つ美しいガラス工芸品になって世に出ていく。出来上がった状態はほぼ皆んな一緒。熟練した職人さんでさえ私の秘密を見抜くことってまずない。

 でもある時、出荷待ちの棚に並んでいたら、見習いのらむさんに私のこと気づかれた。本当のところはわからないけど、気づかれたように思えて柄にもなく浮かれてた。実は密かにお気に入りの職人さんだったから。そんならむさんに抱えられて家に持ち帰ってもらった。

 らむさんは翌日から、私に水を入れ、庭で摘んで来た一輪の花を入れて、朝日のよく差し込む玄関に置いてくれた。両手に取って、色んな角度から眺めてもらい、私から放たれる光の反射をおもしろがるらむさんをみると、それはとてもいい気分だった。なにものにも変えがたい朝って、言っていい。

 次の日も、その次の日も、仕事に行く前の習慣になって、らむさん家の一輪挿しとしてそこにいた。花は数日持ちそうなものもあったけど、らむさんは毎朝水と花を変えては私を持ち上げた。一年を通して、清々しい朝の空気と静かなひとときを、味わっているようにみえた。視線が花だけみてるような日もあったよ、でもそれでもよかった。最初のうちは。

 そんな日常に満足してたある夜、つい出来心っていうか若気の至りっていうのか、ちょっと驚かせてあげたいと思った。花ばっかりで私ちゃんとみてもらってるのかなって思い始めたら、止まらなくなって。それに、私は他とは違って割れないレアものだってこともみせたい。そしたら今以上に花より私を見るかなって。

 どんな反応するか、翌朝、あそびのつもりで決行することにした。らむさんはいつものように水と花を入れてゆっくり眺めている。いまだそれっ、と、私はらむさんの手からすり抜けるように、玄関の床めがけて飛び込んでみた。私が只者じゃないって今にわかるから。

 “ーガシャーン!!!”

( ー??? …絶対に割れない私が…? …なんで?? )

 私は一瞬で沢山になった。

 知ってるつもりで知らなかった。ここに来て以来、むらさんから毎日そそがれるしずかなるものにはもろくて、すぐに壊れてしまう私になっていたことを。みんなとおんなじ、ただひとつのグラスだったってことも。

 戻らない姿をみつめる残念そうならむさんの瞳を、粉々になって砕けた欠片の私たちは一斉にみつめる。

 らむさんに、ていねいにあつめられて、ほっとしながら、坩堝の中ですべての朝を溶かした。もういちど私になったなら。落ちても落とされても割れてやるものか、夢みたその色にふれるまでは。

 “らむさん、出会ったときから私が割れないグラスだってわかってた?本当は特別じゃない散り散りになれたガラスだった。あの朝たちとおんなじ。おかげで、あなたの手から不意に落ちてもいい唯一のグラスだったよ。”

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