偶然の出会いと強引な勧誘~ユウと僕「ソクラテスの弁明編④」~

 今週末に「ソクラテスの弁明」について議論し合おうと決めてから、ずっと頭の片隅にソクラテスのことがちらついていた。おかげで授業の内容が全然頭に入らなかった。今は数学の授業で三角関数をやっているが、ソクラテスが僕に向かって弁明を続けていた。

 ソクラテスの言っていることは正しい。正しいが、僕はその正しさを正しいとは思えない。いや、思えないというか、信じられない。ソクラテスの正しさを信じるってことは、すごく素直なカモになることと同じじゃないのか。正直者は馬鹿を見る。けど、ソクラテスはこう言うだろう。

「そんな自分の身に起こる損得を斟酌しているからダメなんだ。善き人間として、正しいことを行うべきなんだ。」

善き人間ってどんな人間?

「自分が最善と思うことをするひとだよ。」

最善だったら、自分の身を守ることも最善って言えるんじゃない?

「君は戦争の指揮官になり、自身の身に危険が迫った時に、自身の身を守るためにおめおめと逃げ去るというのかい。」

そんなことはない・・・と思う。僕には戦争なんてリアルに考えられないけど、逃げ出す自分はなんかいやだ。

「であろう、それが最善を尽くすということだ、わかってるじゃないか。」

でも、その正しさってまやかしなんじゃない?そうやって僕らに自己犠牲させることで、利益を得ようとしているやつがいたりとか。

「そんな陰謀論のようなことを信じるのか?」

別にそうじゃないけど・・・

なんかモヤモヤするな、ソクラテスめ・・・

ユウ「おい、先生が当ててるって。」

僕「へ?」

先生「この問題解けるか?」

僕「・・・すいません、わかりません。」

ソクラテスめ・・・、これは八つ当たりか。


 ユウとは一緒に通学していたが、本のことは話題には出さなかった。今週末にまとめて話す腹積もりだったからだ。ただ、ユウとの話もなんか上の空のような感じだった。話したいことをあえて話さずに無難な会話を続けているような感じだ。ユウも一緒なことを感じているじゃないのかな。別に二人とも哲学青年ってわけじゃないけど、ともにのめり込んでいた。

 そして週末がやってきた。駅の近くの喫茶店で話し合うことにした。お昼近くで人の邪魔になるといけないので、朝一番に来店した。日曜日ではあるが狙い通り人は少なかった。お客さんは2組。一組は男女のカップル。これからどこかに出かけるのだろうか。そしてもう一組は女性。一人本を読んでいるようだ・・・

僕「ん?」

 思わず声を出してしまった。その女性は図書館の司書さんだった。「ソクラテスの弁明」を僕たちに勧めてくれたあの司書さんだ。

ユウ「どうした?」

僕「あの人、図書館の司書さんじゃない?」

ユウ「お、ほんとだ、すげー偶然だな。」

僕「うん。」

ユウ「よし・・・」

 そう言うとユウは司書さんのところに向かって歩き出した。何をしようとしているのだろうか?

ユウ「あの、すいません?」

司書「??」

 司書さんは困惑していた。そりゃ、いきなり男子高校生から話しかけられる心づもりなんてないだろうから、驚くのも無理はないだろう。

ユウ「覚えてますかね?一週間前くらいに、『ソクラテスの弁明』をおすすめしてもらったんですが。」

司書「あー!あの高校生たちね!私服だったからピンとこなかったけど、覚えていますよ。プラトンのおすすめを聞く高校生なんて珍しかったから。」

ユウ「あの、ぼくたちこれから『ソクラテスの弁明』について議論しようと思ってるんです。」

司書「議論?」

ユウ「そうです。で、よかったら一緒に参加してもらってもいいですか?」

 僕はびっくりした。シンプルに。ユウは強引なところがあるが、まさか僕らの議論に巻き込もうとしていたとは。確かにここであったのはすごい偶然ではあったが、僕らはほぼほぼ初対面だ。

司書「私が?」

 やはり司書さんも話を呑み込めていない雰囲気だ。

僕「ユウ、それはいきなりすぎるぞ。」

ユウ「お前、これは運命だぞ。これから『ソクラテスの弁明』について話し合おうって時に、それを紹介してくれた人に会うなんて。」

僕「それはそうだけど、司書さんにも予定があるだろ。」

ユウ「すいません、ちなみに予定はどうですか?」

司書「・・・特に、予定はないですけど・・・。」

ユウ「じゃぁ、お願いします!」

 司書さんはしばらく沈黙していた。最初は困った表情で思案していたが、何かがツボだったのか、急にフッと笑い出した。

司書「わかりました、いいですよ。」

 僕はてっきり断られると思っていたので、びっくりした。

僕「司書さん、別に無理しなくてもいいんですよ。」

司書「いえ、無理はしてません。実は少し気にはなってたんです、あなたたちのこと。高校生で哲学に興味を持って、私たちに話しかけてくる人なんてめったにいないから。」

 というわけで、僕たちは司書さんが座っていた、4人掛けの席に同席させてもらった。ユウはカフェオレ、僕はアイスコーヒーを頼んだ。

ユウ「おまえ、苦いのダメじゃなかったっけ?」

僕「・・・」

 僕は答えなかった。「思わず背伸びしてしまった」とは言えないだろ・・・

次回に続く



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