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新宿駅に落ちていた靴底に関する妄想をして、失敗。


 朝のJR新宿駅。靴底が落ちていた。

 おそらくは、家族のために必死で働くサラリーマンの靴底だろう。この靴底に関するストーリーを妄想してみた。

 当該記事はここより以下はすべてフィクションです。暇つぶしの一環にしていただければ幸いです。なお、当該妄想は、最後の部分で集中力が尽き果て、オチが大失敗してしまっている点につき、予めご了承ください。

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『新宿と、山田と、靴底と。』 


 冬にもかかわらず、人いきれに満ちた新宿駅のホームを寒風が吹き抜けた。

 彼の名前は山田聡。33歳。結婚をして4年がたち、家では専業主婦の妻と3歳になる娘がいた。住宅設備メーカーの法人営業を担当していた。


 山田は疲れていた。

 一昨日、大口の新規プロジェクト案件がまとまった。特約店相手ではないため、先方の営業本部長を前に最終プレゼンを行う必要があった。山田は、ルーチンの業務の合間を縫うようにして2週間をかけ、うち3日を徹夜をし、プレゼン資料を作成し、内容の確認、修正を繰り返した。これだけは、部下に任せるわけにはいかなかった。

 当日のプレゼンは、我ながら完ぺきだった。「今後とも、よろしくな」と先方の部長が声をかけてくれた。コンペに勝ったのだ。圧倒的な達成感だった。恍惚とした。この仕事を始めて早10年。一番大きな案件だった。



 山田の最初の配属は札幌支店だった。

 支店の内務をこなしつつ、先輩の後ろをついて回るうちにめまぐるしく1年が経ち、中規模の特約店と、ほか数件の工務店を担当に持った。工務店の社長には随分と怒鳴られた。タバコが増えた。体調も少し崩した。しかし新商品が出たのを機に、半ばヤケクソに、これでもかとプレゼンを行うと、鬼のようだった社長が笑った。「お前、随分といい目をしてきたな」と言われた。社会に出て初めての成功体験だった。


 4年が経ち、愛知の岡崎へ異動になった。

 札幌時代同様、丁寧に担当先の工務店を回ったが、「他所もん」「東京もん」として扱われ、札幌のとき以上に心を許してもらえなかった。

 そのとき、山田の心の癒しとなったのはある特約店の受付の明美の存在だった。明美とは、野球やダイビングなど共通の趣味が多く、話が合った。仕事は上手くいかなかったが、相反するように二人の距離は近づいた。ときおり、二人で会うようになった。しかし、お得意先との関係も頭をよぎり、男女の関係にはなることはなかった。

 出会ってから半年が経ったある金曜日、二人で酒を飲むうちに、どちらからともなく終電を逃した。タクシーを拾い、明美が山田の家に泊まることとなった。その後二人は家を行き来するようになった。半同棲状態になった。そのころから、潮目が変わったように仕事が好転を始めた。今となって当時を思い出すと、明美の影響で岡崎弁独特のアクセントが身についたのが大きかったのかもしれない。


 山田は、東海地区NO.1営業マンとして表彰された。

 岡崎へ赴任して2年が経ったときだった。明美はわがことのように喜んだ。そしてその年の暮れ、山田は明美に婚約を申し込んだ。話はとんとん拍子に進み、岡崎に配属されてから3年が過ぎた2月、東京の花形、法人営業部第1Gへ異動となる内示が出され、これを機に山田は明美と結婚した。

 法人営業部配属後はディベロッパーを顧客として顔を売って回った。この時期、山田は酒量が増えた。パートナーの広告代理店の若手社員とよく飲むようになったからだ。東京本社ならではの華やかな付き合いに絆されてしまったのだ。それと同時に、小林という上司にもよく飲みに誘われるようになった。小林は、「山田、お前に拒否権はない」と言っては、銀座や六本木を飲み歩いた。仕事は問題はない程度にこなしたが、気づけばかつての情熱は下火になっていた。

 そんなある日、上司の小林が更迭された。会社への匿名の通報により、得意先に接待をタカったのが露呈したのだった。人事部が事実を確認し、また本人もこれを認めたことにより、小林は諭旨退職となった。接待に関し、山田は無関係だったが、よく連れだって飲みに連れていかれていたためか、部内で白い目で見られるようになった。このころ、娘の美緒が生まれた。山田は営業3課に移動になった。突然の異動だった。小林の件が影響していることは明らかだった。

 営業3課に移ってからの山田は人が変わった。

 娘の存在が大きかった。美穂の笑顔を考えると、自然と気力が湧くようになった。周囲の目線は気にならなくなり、同時に営業成績が徐々に上向き始めた。そんな中、大型案件のプロジェクト担当に抜擢され、山田はここで起死回生するために奮闘した。目に見えて成長をする娘の寝顔を思い、プレゼンに向け、何度となく徹夜も乗り越えた。

 そして、ついに、今まで最大の売上額となる新規大型プロジェクトがまとまった。それが、一昨日だった。1年越しの案件を、山田が勝ち取った。

 昨日の帰り道。明美と美穂と一緒にお出かけをして、新しい服をゆっくりと選んで買ってやろう、と山田は思った。久しぶりに、明美の両親に美緒の顔を見せに岡崎へ行くのもいいだろう。そんなことを考えつつ、山田は修理に出していた革靴を受け取り、家路についた。


 その革靴は、結婚の年、明美が誕生日プレゼント買ってくれたものだった。

 随分良いものだった。また、身を粉にし、共に苦汁をなめてきた思い出の品でもあった。つかえが使うほど足に馴染んだ。山田は、時折修理しながら、その靴を丁寧に履き続けてきていた。


しかし、その日の朝、山田はひどく眠かった。

 昨晩、反抗期に入った娘はひどくグズった。「今日は変な時間にお昼寝しちゃって」と明美が言うように、美緒は「寝たくない!」とぐずり、3時過ぎになるまでグズグズとして、山田を寝かせなかった。

そして、山田は随分とご無沙汰だった。

 最近は、プロジェクトの都合もあり、体力的にあまりそういったことをする気にはならなかった。また、明美も反抗期に入った娘の世話で疲れていたため、そういったことに至ることがすっかりとなくなった。

 その日の朝、寒風が吹き抜ける新宿駅のホームを山田は歩いていた。突然、ガクッと左足が何かに突っかかったような感覚があったが、気にせずにそのまま滑り込んできた満員電車に乗り込んだ。

 会社のある恵比寿で降り、改札へ続く階段を下りるとき、片足立ちになって靴裏を見てみると、革靴の、張り替えた踵のゴムが片方ブラブラと剥がれかけていた。


 なぜだ、と山田は思った。

 自分の稼ぎで家族を食わせているし、会社にとっても自分は必要な人材である自負はあった。事実、今回の成功で一度足踏みをした昇進もほぼ決まっていた。

 山田は、違和感を感じていた。

 これを解消し、これからも、情熱をこめて生きていたい、いや、情熱と共に生きていくべきだと山田は考えた。どうしたものか。そして、

 山田は、思いついた。


「そうだ。ソープ行こう。よし、今日は花びら三回転」

山田は、岡崎時代に工務店の社長たちとよく風俗に行った。

残念ながら、そこでイロイロと、覚えてしまっていた。

今日は午後休取って、ソープに行くことにした。

気分が軽くなり、思わず新宿駅をスキップした。

これからも頑張っていけそうな気がした。

スキップの拍子に、靴底がベロリとはがれた。

しかし山田はそんなことは全然かまわない。

何故なら今日は、花びら三回転だからだ。


おしまい。


このお話、本当はこんなハズじゃなかった。。。

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