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【読書感想文】方舟/夕木春央

これはすごくて、やばい小説だ。

○前書き

読んだのは少し前。五月初めのゴールデンウィーク。そんなつもりはなかったが、一気読みしてしまった(日を跨いで24時間以内)。それくらい引き込まれたすごい小説。思わず感想を書きたくなる物語だ。

最近ミステリー小説を読んでいなかった。いや、そういうわけでもないか。

同じくこのGWに「ハサミ男」を読んだし(これはこれでミステリーらしいミステリーだった)、城塚翡翠関連の作品も一年くらいの間には読んでいた。

ただ、ここまで僕がミステリーらしいと思う作品はかなり久しぶりの体験であり、この物語「方舟」はとにかくすごかった。

すごいとか、やばいとか、そういう語彙が出てくるくらいには「すごくて、やばい」作品だったのだ。

最初にここで僕がどんな作品を“ミステリーらしい”と形容しているのについて、書いておきたい。

いろんなタイプのミステリー小説が世の中にはあると思うが、僕が言っているのはベタに殺人事件(殺人には限らないが)が起こって、作中で犯人探しが行われるという類のものである。また、同時に読者も犯人がわからずに作中の探偵っぽい人物とともに犯人探しができる類のもののことを指している。

そういう意味では、「十角館の殺人」も「ハサミ男」もそうだし、この「方舟」もまさに僕にとってのミステリーを象徴するような作品だったわけである。

ということで、ここからはネタバレありで、雑然と感想を書いていきたい。とにかく感想を書きたくなる物語。それがこの方舟で、リアルでもこの作品を読んだ人と語り合いたいくらいである。

とにかくこの作品について話をしたくなるが、読んでない人に対しては、ネタバレしないと凄さを伝えきれないので、これから読んでほしいという気持ちと相反して話すことができなくなる現象が起こる。

余談だが、こう考えると、仕事もライブも小説も、あらゆる人生の経験全てが、「人に話したくなる」ということが僕にとっての凄さの証左なのかもしれない。

ということで、感想(ネタバレあり)。

○感想


まずは、この設定が怖い。地下建築に入るということもそうだし、そこで一泊するというのも、怖すぎる。そして、そこに知らない家族が合流するのももう気味が悪過ぎる。

この時点で、結構嫌な感じはしていたが、地震が起きて閉じ込められる。そして、1人を犠牲にしなきゃ出られない状況になる。その後、殺人事件が起こる。この設定がとにかく怖い。まだまだ何か起こりそうな設定で、不気味過ぎる。

登場人物の精神状況がおかしくなっていく条件が充分に揃いすぎている設定がお見事。

その後の首切り殺人と第3の殺人。

探偵役の翔太郎だけが冷静にその場を仕切り、論理的に推理を構築していく。その様を柊一の視点で描いている。

犯人はなんとなく予想がついていた。確信は持てなかったが、おそらくミステリー小説の犯人っぽいのは麻衣だった。

嫌な死に方の時に溺死と答えていたり、柊一との恋の描写等、メタ視点では犯人としては充分な根拠があったような気がする。

物語最後に、翔太郎による推理が披露され、麻衣がそれを認める。最大の謎だった動機についても論が展開され、どうやらそれが事実だったようだ。

ここまででも既に満足のいくミステリーだったと思う。不気味な設定の中における登場人物たちの混乱と錯綜。謎を解き明かす冷静な探偵役。充分だ。

しかし、最後のエピローグで読者はどんでん返しを喰らう。これまでもいろんなどんでん返し型ミステリーを経験してきたが、ここまで恐怖と驚きと興奮を同時に覚えたラストはこの作品の他にない。

そういう意味では、僕の中のミステリー小説のトップに躍り出た。すごい。

作品を読み終えた後、もう一度エピローグを読んで、もう一度、ゾワゾワを味わった。いつだって何度でもゾワゾワすることができる。

読みたくないけど、もう一度読みたくなるようなあの感覚。そんな誘惑があの短いエピローグには詰まっている。

いろんな魅力的な要素があるが、僕が思うところは、この後味の悪さである。つまり、悪者が生き残るというこの終わらせ方であって、これは予想できなかった。

これまで僕が物語を読んできて、基本的に悪者は最後には悪者らしい最後を迎えるし、主人公と探偵役は救われるのである。

物語にもよるが、僕は悪者側を応援?したくなるような節が少しある。それはミステリーにおける前提条件へのアンチテーゼ的な意味合いで、どこか結論は決まっていて、その中のプロセスを楽しまなければいけないという制約があっとように思うのだ。

もちろんこれは倫理的にも、そうあるべきだと思うし、商業的な作品においてはその結末はあまりにも理不尽で悪影響を及ぼしかねないとも思うわけので仕方がないと思うが、この作品はその矛盾を巧みに絶妙に乗り越えてきているのがすごい。

麻衣はもちろん人殺しであり、裁きを受けるべき人物だ。彼女だけが生き残るのは流石に無理がある。しかしどうだろう、他の登場人物たちには罪がないのだろうか。

麻衣に死を押し付け、自分だけが生き残ろうとする。確かに直接的には過ちを犯していないが、主体的に行動を起こさずに(意思を示さずに)、自分だけが助かろうとする狡猾な姿勢が随所に見受けられる。

誰かが何かをやって、事が済むのを安全地帯でただただ傍観している。この姿勢も列記とした罪なのではないだろうか。そういう設定で作者は先の矛盾を超越していったのだ

一貫して、冷静で探偵を気取っていた翔太郎の最後は描かれない。何も誤りを犯さずに終始正しさを証明し続けてきた彼は、最初から全て間違っていたことが最後の最後に明らかになる。これほど皮肉で滑稽な描写があるだろうか。

柊一にしたってそうである。思いを寄せていた麻衣を裏切った。もちろん、裏切る理由は十分だし、別にこの時点では裏切りとは言えない。ただ、彼女への想いはそこまでだと見限られてしまう。誰もがそのような決断をするとは思うのだが。

ということで、設定としては、正直突っ込みどころがないわけではないが、ここまで恐怖と驚きと興奮を成立させるエンターテイメントはなかなかないと思う。

やっぱり、すごくて、やばい小説だ。僕の中でのミステリー1位に躍り出た。とはいえ、別にこれまで自身の中でランキングを持っていたわけではないが。

あえて記憶に残っているような作品はなんだろう。「葉桜」「白夜行」「犯人に告ぐ」くらいかな。学生時代には結構読んでいたような気がするが印象に残っているのはそれくらい。

ミステリーもいいなぁと思い、続けて「十戒」も読みたくなってきている。

ということで、思わず書いてしまった感想でした。

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