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アルパカとたふるる〜第1回もり氏ラジオプレゼン大会〜

概要

これは『第1回もり氏ラジオプレゼン大会』の優勝賞品としての短編小説。
勝利の女神はいったい誰に微笑むのか!?

本編 『あごたふとまるる』

彩まるる https://twitter.com/cuprumbox

 いつの間にか沼へと引きずり込まれていた。

 そこは偏愛の巣窟だった。右を見ても左を見ても、「普通」と言える人は一人もいない。誰もが狂気を孕んでいた。誰もが自らの愛を隠すことなく生きていた。

 キャプテン翼、BLEACH、あだち充先生、日本橋ヨヲコ先生……誰もが愛という名の元に狂っていた。狂っていなければ、どうして声高に愛を叫び続けられよう。

 でも、好きなものを好きだということがこれほどまでに素晴らしいことだと教えてくれたのも、ここの住人たちだった。好きなものを好きということは、何も恥ずかしいことではない。「推しは推せる時に推せ」とこの沼の住人が言っていた。本当にその通りだと思う。

 僕は朝日を浴びながら、住人たちの楽しそうな顔をぼんやりと眺めていた。

 ただ——と自分でも思うことがある。自分にこの沼の住人たちのような偏愛はあるのだろうか。この沼の住人で居て良いのだろうか、と。

 その時、思考を止めるかのように突如として声をかけられた。

「あごたふさん、どうですか。住み心地は」

 声の主は、この沼の主である「もり氏」である。もり氏は人間ではなかった。喋るアルパカ。それがもり氏の姿である。その姿の通り、もり氏は人を惹きつけてやまない魅力があった。

「ここは……ぽかぽかします」

 お世辞でもなんでもない。日光浴が好きな僕の本心だった。ここは、あったかくてお日様のような匂いがする。だからなのだろうか。気付けば僕もこの沼の中に長いこと住んでいる。きっと水があったのだろう。

「それは良かった」と言うもり氏に対し、「でも」と僕は続ける。

「僕に偏愛はあるのかな、って思うんです……」

「ふふふ。あごたふさん。それはご自身が気付いていないだけですよ」
 もり氏はそう言うと、アルパカ特有のアルカイックスマイルを残し、ゆっくりと去っていった。

 気付いていない。そうなのだろうか。僕は少しだけモヤモヤとしながらも、それでもここに居て良いと言われたような気がした。

 もり氏はこうして、沼の住人たちと交流をしている。突然呼ばれるものだから、ドキッとすることもあるが、これがもり氏のコミュニケーションスタイルだからあまり構えなくて良いと言われたことがある。その時思ったことをそのまま答えれば良いんだよ、と。それに、とも言われた。「たまに何も考えていないだろうなと思うような『いいですね』と雑な返しをされることがあるけど、それも気にしないようにしてね」と。

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 僕がこの沼に来てから数年が経ったある日、主であるもり氏が沼に棲む住人を集めて言った。「新しい住人を見つけ出してほしい」と。

 もり氏が言うには、生物の進化に刺激が必要なように、沼にも新しい風が必要なのだという。「新しい住人を連れて来るために有効な施策を考えた者には賞品を贈ろうじゃないか」ともり氏が言うので、住人たちは喜んだ。

 その日から数えて30日後。満月が空にポッカリと浮かぶ夜に、沼の住人たちは集められた。新規住人を募るための施策をもり氏に向けて、プレゼンをするためだ。

 ある者はサッカーの実況風にプレゼンをし、またある者は有能コンサルタントのように現状分析からの提案をし、ある者は沼の住人たちがいかに素晴らしいかを語った。そのどれもが素晴らしい内容で、司会を勤めたZAWAも
主であるもり氏も、いずれの案にも太鼓判を押す。

 そんな中で、僕の番となった。

 僕は今までの発表に勝るプレゼンができるとは到底思っていなかった。それでも、この沼の素晴らしさを僕は実感している。その素晴らしさをもっと多くの人に届けたい。そのために僕ができること。それは——

「分裂します」

 僕がそう言うと、数秒の間、無言の時間が過ぎた。皆が呆気に取られたのがわかる。

 でも、僕にはそれができる。

「僕はあごたふ。漫画が好きです」
「私はあごたふ。イラストを描きます」
 ね、と二人のあごたふが笑う。

「ずっとやりたかったんです。イラスト」と私は言った。

「イラストという表現で、たくさんの人と知り合って、もっともっと多くの人にこの沼のことを知ってもらおうと思うんです」

「クリエイティブ活動が加速する沼ですね」ともり氏が嬉しそうに笑ったのが印象的だった。

 それからのことは夢のようだった。

 まさか僕の分裂案が今回のプレゼン大会で優勝したのだ。

「優勝者のあごたふには賞品の自画像を贈ろう」

「ありがとうございます」と言いながらもり氏に礼をすると、司会のZAWAが「誰がイラストを描くんですか?」と聞いた。

 もり氏は一呼吸置いてから答える。

「あごたふしかおらんが?」

「もり氏」さんのラジオ

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