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日替わり家族

こんな学校があったらイイのにというお題を目にしてから
なんだか毎日この事を考えてしまいます。
あんな事、こんな事、こうだったらどうだろう?
とどんどんアイディアが浮かんできます。

もしもこんな学校があったらどうだろう?
毎日違うお宅での1日を過ごすという家族体験が出来る学校。

朝起きてから夜寝るまでの、1日のその家族の生活を体験して
翌日にはまた違う家族、1週間で5つの家族を体験して
週末には自宅に帰って、自分の家族の事を改めて考えて
また次の週から新たな5家族の家で過ごす。

温かい家族の中で育っている人も、そうじゃない人も
サラリーマン家庭も、自営業の家庭も、核家族も大家族も
色んな家での生活を体験出来るそんな学校。

実際にあったら、我が家にどうぞとは言わないかもしれないけど
自分の家と違う家で過ごすと、当たり前だと思っていた事がそうじゃなかった事に気付けます。

何かを羨ましく思う事もあれば、自分の家の方がイイなと思う事もあるだろうし
家族のルールで考える事も色々出てきます。

例えば核家族でしか生活をした事の無い一人っ子が
おじいちゃん、おばあちゃんも居て、子供もたくさん居る家族の中で生活したらどうでしょう?
時々そんな番組もあったりしますが、それを体験出来た人と
全くそんな経験をせずに生きていくのでは、感じたり考えたりする事が違うんじゃないかな?と思うのです。

子供が自分しかいない家だったら、なんでも優先してもらえる事が
たくさん子供の居る家では、ケンカになったり、ゆずる事もあるだろうし、競争で早い者勝ちな事もあるだろうし
おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に暮らしていると
親以外の大人から叱られることもあれば、甘やかされて守ってもらえる事もあるでしょう。

無い物ねだりで、貧乏な家の子が、お金持ちの家で、なんでも手に入る生活をして、それが幸せと思うのか?
そう思う事もたくさんあるかと思うけど、子供の頃にそう思ってしまってもイイのかな?とも心配になったりもします。

私はそれほど裕福な家の子ではないと思うけど、ごはんが食べられない日もあったような家の子でもない。
それでも欲しいおもちゃをいつでも買ってもらえたわけじゃなく
そんな時は何で買ってもらえないんだろう?とスネたり怒ったりした事も何度もあるけど
あの時何でも買ってもらえる事を『幸せ!』と思えなくて良かったと思っています。

そんな事に気付くのは大人になってからだけど、何かが欲しくても手に入らなくて
悔しかったり、悲しかったりって感情を体験したし、なんで買ってくれないんだろう?っていう親の事を考えたりもしました。
ただ単にケチだったのか?それともなんでも簡単に手に入らない事を教えたかったのか?
それでもなんとかして買ってもらえないか?と肩もみしたり、お手伝いを頑張ったりして
自分なりに手に入れる為の手段を考えたりもしました。
実際のところ親がどう思っていたかは謎ですが、そのどっちもを知らずに今に至るよりは
知れて良かったなと思うのです。

自分の家族の中でも意見の食い違いはあるし、なんでわかってくれないの!と思う事もたくさんあるから
それが他人だとしたら、どんなにそういう事を体験出来るだろうなと。
たくさんの経験が子供のうちに出来て、色んな事を考えられたら
大人になった時に役立つ事もたくさん出てくるんじゃないかと思うのです。

この学校があったら何がイイのか?
色んな人と触れ合う中で、ちゃんと自分の心で感じて、考える時間があったらイイにと思うのです。
そんな中での色んな気づきから、人の気持ちに寄り添える大人になって欲しいなと。
のめり込み過ぎて何でも誰かの言いなりになってしまうのはダメだけど
色んな人が居て、色んな考えがある中で、自分はどう思うのか
そんな時に自分はどうしてあげられるのか?何をしてあげるのがいいのか?
こういう事をちゃんと考えられる人を私はステキだと思うんです。

自分は歳ばっかり大人にはなったけど、中身までそんな自分がステキだと思えるような大人にはなれてない気がするけど
今までの人生の中で出会った色んな人たちのおかげで、色んな事を感じたり、考えさせられたりしてきました。
時には自分の経験不足から、相手に寄り添えずに突き放してしまう事もあったけど
後からもしかするとあの人はこんな人で、こんな事を自分に伝えたかったのでは?と思ったり。

もっと早くそういうタイプの人も世の中には居ると知っていたら
その時私が出来た事はもっと違ったのでは?と思うのです。
知り過ぎてしまう事がイイのかはわかりませんが、知ってると違うかな?と
そんな風に考えた、あったらイイなでした。

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