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叩きのめされ続けるタフガイ“K”の悲しみ――ブレードランナー2049【ネタバレ】

エモの研究

まとめ:悲しみの正体とは「物事が失われたときに感じる感情」というのが、僕の仮説です。正確に書くと、「モノ·コトへの期待値に対する負のフィードバック」になる。

映画『ブレードランナー2049』がすばらしすぎました。

感情の研究からすこし脇にそれるのですが、今回は、ライアン・ゴズリング演じる主人公Kの感情の動きを追いたいと思います。
(いずれ、ブレードランナー2049と、わたしを離さないでに通底するものを取り出せたら)

完全ネタバレです。

ひとまず整理のために、wikiと記憶でざっとシーンをスプレッドシートに書き出してみました。
【ネタバレ】ブレラン2049 シーン覚え書き

以下の英語のセリフはうろ覚えと、ここなどを参照しています。
(他のレビューは極力見ないように我慢。もろ影響受ける可能性が高いので)


●主人公”K”はタフガイだが

まず主人公”K”という男はどんな男か。

ネクサス9型のレプリカントで、形式番号KD6-3.7。略称”K”。
主人公なのにろくな名前がない。
エンドロールのクレジットで、”K”とクレジットされているのには笑った。
やっぱそこはジョーではないんだ。そうだよね。

パンフレットによれば、レプリカントは、遺伝子操作技術の粋を集めて作られた人造人間であるため、すぐれた身体能力と知能を持っており、特に9型は、軍用レプリカントを遥かに凌ぐパワーと俊敏性を持つ。

さらに劇中のエピソードからKは、以下のような内面が窺い知れる。

・真面目で控え目
冒頭、サッパーモートンを解任しようとするとき、危険性があるにもかかわらず、銃を机の上におき、相手に先制攻撃をされるまで、攻撃をしない。
また、上司の命令に素直に従い、無駄口は少なく、自らを語らない。
(ただ捜査のためには必要な暴力はためらいなく振るう)

・ピュアな童貞のように繊細
上司ジョシから、「レプリカントはみな優秀だけど、あなたは人間みたい」と評される。レプリカントの子どもを見つけたら解任しろと命令されると、「生まれたものを解任するのは初めてです、その、つまり魂があるものを」(To be born... Means you have a soul, I guess.)とためらっている。

また、娼婦になびかず、癒し系AIのジョイをあたかも実在するかのようにお酒をついだり、珈琲がいるか尋ねる姿は、心優しい童貞男子だ。
当然、上司の女子のジョシに、からみ酒で「わたしが酔ったらどうなると思う?」とかパワハラ気味に誘惑されても、自分仕事ありますんで、ってなもんである。
タフガイがジョイで毎晩どう性処理しているのかなどを考えはじめると、タフガイのはずのKが二次元に恋する非モテオタクにしか思えなくなってきて、途中のラブシーンは本当に初体験なんじゃないかとすら思わされる。

そんな彼のメンタルが透けているかのように、女性陣全員からマウントをとられまくるのが切ない。

・読書家である
デッカードが、『宝島』の引用で話しかけるのを瞬時に言い当てている(You mightn't happen to have a piece of cheese about you, now?)。
レプリカントの記憶にプリインストールされてる可能性もありうるが、自宅にウラジーミル・ナボコフの『青白い炎』(Pale Fire)がおいてあることからも、読書を嗜んでいると推測される。

本が親代わりというのはよくわかる。

以上をまとめると、
身体はタフガイだが、心はピュアピュアな童貞男子がKである。


●コケにされ続けるK

とにかく最初っから最後までコケにされ続ける。

・絶え間ない差別に囲まれている
旧型サッパーモートンからは、「新型はクソみたいな仕事で満足している」「奇跡を見たことがない(から非人間的なことができるんだ)」と侮蔑され、署に戻れば、人間から「人間もどきが!(Fuck off skin job!」と凄まれ、同僚には、「涙もろいレプリカントだな、子どもは喰ったんじゃねーの」などと空気扱いで、差別にさらされ、家に帰れば、すれ違いざまに婆さんになじられ、扉にはやはり、「人間もどき(skin job!)」と書かれている。

・自分に過去も魂もないと思っている
レプリカントとして、製造された自分には、記憶はあっても子供時代はないし、魂すらもないと思っている。

・心を通わす唯一の相手に心がない
自宅での束の間、ジョイに癒やされていはいるが、せっかくエマネーターを導入して、初めて触れる雨に喜ぶジョイと優しくキスをかわそうとするも、その瞬間に署から連絡が入り中断される。
フリーズしたジョイを放っておいて、屋上から去る姿からは、ジョイが仮初の慰み相手であることを、うんざりするほど自覚していることを物語っている。

続いて書くが、
恵まれた身体と知性以外、ないない尽くしにも関わらず、
さらに殴られ、蹴られ、銃弾をぶっこまれ、
恋人を奪われ、親を奪われ、名前を奪われ、「魂」を奪われていく。


●Kの感情が大きく揺れ動く3場面

Kが動揺するシーンは前半にいくつかあるが、Kが感情を露わにする、もしくは悲しみのどん底に叩き落とされるシーンが大きく3場面あった。

1.チキショーと絶叫する

最高の記憶創造者であるステラインに、自身の記憶の鑑定を頼むと、その回答に叫びながら椅子を蹴って立ちあがる。
このシーンが一番大きな感情の発露だった。

ステライン「誰かのものだけど、実際にあったことよ(涙)」
(Someone lived this, yeah. It happened.)
K「実際だって、わかってた、わかってたんだ…」
(I know what's real. I know what's real.)
K「チキショー!」
(GOD! COME ON!)

字幕ではGODが、チキショーとなっていた。
この字幕は、「チキショー、俺の記憶じゃなかったのかよ!」
とミスリードできてしまうが、この英語のセリフからは、
「なんてこった、やっぱり本物の記憶だったのかよ!」と解釈するほうが、
その後、勘違いし続けていることなどからも筋が通る。

ステラインは、誰か(Someone)と言っているが、創作者とはいえ、記憶の真贋は見抜けても、もとの所有者まではわからないはずだ。
なので、守秘義務があるなりしてボカしていると解釈したのだろう。

ここでの彼の感情が、
「やった! やっぱり俺、人間だったんだ! 特別だったんだ\(^o^)/」
なんて甘っちょろいぬか喜びではなかったのは、これまで彼がずっと自分を押し殺してきたこと、そしてその不条理を強いてきたこの世界(GOD)に対する怒りの大きさ故だ。

「この記憶すら作り物だと思ってきたけど、本当だったのか。
今まで俺が信じてきたもの、守ってきたことはなんだったんだ!!!」
という、怒りだと思う。(怒りの仮説については、いずれ)

よってこの直後、署に戻っての行動心理テストも取り乱し、ジョシに子どもを始末したと噓をつく。
なぜなら、「俺はレプリカントではなく、人間だったんだ! 自分を守るために嘘くらいついていい」と思ったからではないか。


2.ジョイの2度の喪失と名前の喪失

Kは恋人といっていいAIジョイを2度失う。

1度目は、ラスベガスに追ってきたラブに、エマネーターごとジョイを踏み潰される。

ただ、潰された瞬間にはKの憂いを含んだ目が映るだけ。
悲しみよりも落胆と諦念に近い。

おそらく、エマネーターにいれた時点で、その覚悟はしていただろうし、そもそもジョイは実態のない相手であったと、どこかで冷めた理解もあった。
やっぱりそうなるのか、がっくり。と、然るべくしてこうなったような諦念があったはずだ。
不安定な状況で追われる身において、期待値は低かっただろう。

しかし、もう一度不意打ちで、完璧にジョイを失う。

最後に町中で巨大ホログラフの電子公告に、ジョイと同じモデルのAIが話しかけてくる。
そして、「大変な一日だったわね」(How the day?)おなじみのセリフで声をかけられる。そして、「あなたって、いい人(グッドジョー)そう」(You look like a good Joe)と言われて、彼女が「本当の男は、本当の名前があるわ」(Real boy has a real name)とかささやいて、つけてくれた名前すら、コピペの作り物だったんだ、と気付かされる。
ささやかな幻想さえ打ち砕かれる。

悲しさしかない。ひでー。。


3.自分が特別だと勘違い

レプリカントの反乱軍を指揮する隻眼のフレイザに、デッカードとレイチェルの子供は娘だと知らされる。
息子ではなく、娘であることに動揺しているKを見透かして、フレイザはこう言う。

「あら、あなた勘違いをしていたのね? 自分のことだと思ったのね。
そうよね。みんな自分であってほしいと願うのよね」
(Oh, you thought it was you. Did you? You did?
We all wish we were. That's why we believe.)

これは本当につらかった。
彼も辛いだろうし、見ているこちらもつらかった。
なぜなら彼が実は隠された英雄、特別な人間だと思いたかったからだ。でも見事に裏切られる。

これを悲しみの観点で整理すると、

・自分は特別だと期待したい
・でも、所詮レプリカントだから期待しないようじっと我慢
・我慢しているのに、執拗に期待を誘われる
・やっと期待して偶然ではないと確信し始める
・確信してきたところで、勘違いだったという現実をつきつける

まあ、ご丁寧なことである。
悲しみの構造としては、「何も奪わずに人を悲しませる方法」で書いたことを徹底している。

さらには、さっきまで自分が父親かもしれないと思っていた男デッカードを口封じに殺してこいと命じられる鬼畜展開。

また、勘違いの後押しに、愛しのジョイが一役買っていたのもさらに虚しい。

ジョイ「わたしはいつもあながた特別だって知ってたわ。これがその証拠よ。あなたは子ども、女性から生まれ、世界に放り出された。望まれて、愛されて」
(I always knew you were special. Maybe this is how. A child. Of woman born. Pushed into the world. Wanted. Loved.)
ジョイ「いつも言ってたでしょ。あなたは特別だって。あなたの歴史はまだ終わってない。まだページが残っているわ」
(I always told you. You're special. Your history isn't over yet. There's still a page left.)


●完膚無きまでの悲しみを乗り越えるラスト

そこにきてラストが味わい深い。

殺せと命じられた父でもない男、デッカードを命がけで救い、特別な思い出のシンボルである木馬を手渡して、娘のもとに送り出す。

予め何もないにも関わらず、再び奪いつくされたKが、それでも自分の意志で、人に与える。

「最良の記憶は彼女のものだった」(All the best memories are hers.)

「ブレードランナー」の主人公デッカードにハッピーエンドを手渡すことで、「ブレードランナー2049」の主人公Kが、すこし救われる。

最後の最後に、自分の意志で生きる意味をつくり、魂を宿したと言える。
だから安らかに微笑みながら雪の中に横たわる。


「タフでなくては生きていけない。やさしくなくては、生きている資格はない」(If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.)

とまあ、名文句がありますが、タフに生き抜いて、優しさを手渡したKとドゥニ・ヴィルヌーヴに乾杯するより他ないですよ。

To strangers.

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