見出し画像

【やが君二次創作】七海澪・お姉ちゃん奮闘記 1. sister to bloom

「実りある夏休みを過ごしましょう。生徒会からは以上です。」
挨拶を締め、一礼し、体育館のステージを悠然と降りるのは生徒会長・七海澪。「会長さんかっこいい…!」口々に囁く生徒たち。今日は遠見東高校1学期の終業式。式が終わり、ホームルームが終わり、夏休みが幕を開ける。しかし七海率いる生徒会は、学期末の仕事を片付けるため、校舎から少し離れた生徒会室に集うのであった。


高校2年、7月22日

「ごめんっ!今日は帰らして!」
あたしが生徒会室の入口でみんなに頭を下げると、役員の雪くんが食ってかかった。
「勘弁してくれ澪!前から分かってただろ、終業式後は夕方まで仕事だって!」
「お願い、あたし今日だけはだめなの!このとーり!後でお礼……お礼言うからっ!!」
「言うだけかよ、おい待てーーっ!!」
あたしは駆け出さんばかりの早足で、怒る雪くんとそれをなだめる由里華を置き去りにし、まっすぐ家を目指す。だって仕方ないじゃん、今日だけは、今日だけは……っ!


「お姉ちゃんおかえり!」
帰宅すると、7つ下の妹・燈子が目をうるうるさせながら駆け寄ってくる。かわいい。
「ただいま、とーこ。」
あたしが少しかがんで抱きしめると、とーこも心地良さそうに身を預ける。嗚呼っ……
「とーこ、少し待っててくれる?私、すぐに着替えるから。」
「うん!」
と言いつつ、とーこはまだあたしのブラウスの袖を右手で掴んでいる。かわいい。

いかにも、今日あたしが仕事を丸投げして帰ったのは、とーこと二人でお昼ごはんに行くためである!小学生のとーこはあたしより一足先に夏休み。でもお父さんお母さんは仕事だから、ひとりでおるすばんってわけだね。そんなとーこに寂しそうな目で「お姉ちゃん、学校いつまでなの……?」なんて訊かれちゃったらもう、終業式終わり次第一刻も早く帰ってあげたくなるってもんでしょ。そんなわけで大急ぎで帰ってきたあたしは手早く着替えを済ませ、ふたたび玄関へ。待たせたね、とーこ。それではいざ、出発!

あたしはとーこと手を繋いで街を歩く。元気に家から飛び出したのはいいけど……気持ちがはしゃぎ過ぎて、どこ行くか全然考えてませんでした。はい。とーこに振ってみるか。
「どこがいい?」
「うーん……あれは?」
繋いでない方の手でとーこが指差したのは、何やら小綺麗なお店。よく知らんけど高い気がする。両親が置いてった金額を超えちゃうとよくないよねえ。ここはひとつ……
「素敵なお店だけど、贅沢過ぎるかも知れないね。私たちはまだ自分でお金を稼ぐことができないから、立派な大人になれたら、きっとここに来ようね。」
「うん…...!」
良い事言った!……雰囲気、は、ある。よねっ。雰囲気に誤魔化されてくれたとーこはキラキラしたあこがれの眼差しであたしを見る。これだよ、これ。

とーこは事あるごとに、あたしに尊敬の視線を向ける。学校ではみんなを振り回してばっかりだけど、こんなあたしでもあの子からすれば7歳も上だから相当大人びて見えるっぽい。生徒会長なんて正直ガラじゃなかったかなーとは思うけど、このキラキラした目で見てもらえるのは最高のご褒美だね。だからたとえガラじゃなくても、とーこの前ではかっこいいお姉ちゃんでいたいんですよ。とーこってばほんとかわいくて。あの子が産まれたときあたしはもう7歳だったからよく憶えているんだけど、産まれた日から今日まで毎日かわいくて、甘えたがりなところはもちろんちょっと怖がりなところもたまにガンコなところもぜんぶひっくるめてとにかくかわいくて、えっと……そうそう、どこで食べるか考えてたんだっけ。流石にヤマドナルドとかじゃアレだし、手近なファミレスにしときますか。

入店早々、あたしは少し後悔した。東高の生徒がちらほら。いや、あたしはいいんだけど……
「あ、澪だー!おーい!」
声をかけてきたのは手芸部の部員二人。文化祭の伝統行事「生徒会劇」に向けて一緒に準備してくれている。今年の主演はあたし。とーこも観に来てくれるんだって。いいとこ見せなきゃね。やば、緊張してきた……いや、今はそっちじゃなくて。
「妹ちゃん?かわいいね!」
同意。しかしとーこは、手を握る力をやや強め、気持ちあたしの後ろ側へすすすと動いた。7つも上の、見知らぬ二人組。その好奇の視線。怖がりなとーこにはちょっときついよね。
「ふふ。それじゃあね。」
ごめん。早々に切り上げ、席へ向かうとする。とーこの手の力が緩んだ。ここからは姉妹水入らずだぜ……!

席に着き、注文し、とりとめのない話をする。
「宿題は沢山出た?」
「うん、めんどくさい。お姉ちゃんは?」
「私は、まあ大丈夫だと思う。とーこ、ちゃんと早めにコツコツやるんだよ。」
「えー……」
こりゃ、やらないなあ。そこはあたしに似なくてよかったのに……。よし、とーこの宿題がやばくなったらお姉ちゃんが助けてあげよう。

その後料理が来て、食べて、ちょっと交換してみたりして。とりとめのない話。キラキラした眼差し。至福の時間が過ぎる。それはもうあっという間に過ぎる。名残り惜しい。もう少し長居したい。あたしは少し欲が出た。

「とーこ、食後に紅茶かコーヒーはどう?」
「おとな……!」
この至福のひとときを引き延ばしつつ、大人びたお姉ちゃんアピール。我ながら冴えてるね。ま、さっきは稼ぎがどうとか言っておいてここでは追加注文とか、矛盾してるって自分でも思うけどね。

生徒会室ではコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて飲むけど、それじゃなんだか子どもっぽい。かといってブラックコーヒーは苦くて飲めない。だからあたしは。
「私は紅茶にしようかな。とーこはどうする?」
「じゃあ私も紅茶にするー!」
かわいい。

今まで飲んだことないアールグレイのストレートティーに口をつける。まだ熱いし、味がよくわかんない。
「あついし、味がよくわかんない。」
だよねえ。とーこが代弁してくれた。
「紅茶は香りを楽しむんだよ、とーこ」
一般論ね。あたしはまだピンときてない。
「ふーん。ねえ、アールグレイってなあに?」
とーこの素朴な疑問に、あたしは答えに詰まった。
「あ、……私も詳しくないけど、紅茶は産地で名前が違うんだよ。」
紅茶のことはまったく知らない。合ってたらいいな。
「んー……ほんとだ、いい香り。私これすき!」
まじか。あたしより早く紅茶に目覚めたぞ。一方結局まだ味も香りもよくわかってないあたしは下手なことは喋らないで、ただやさしく微笑みながら妹を見守るのであった……


高校2年、7月23日

昨日のお会計は結局、親にもらった額を少し超えてしまった。でもこれでいい。雪くんたちには面倒を押し付けてしまったけど、おかげで最高の一日になった。心からのお礼と謝罪の言葉を用意しながら学校へ向かう。今日は生徒会室に集まって劇の準備。だけどその前に、校舎裏に忘れ物ひとつ。

「七海さん、俺と付き合ってください!好きです!」
ほんとは昨日呼び出されたんだけど昨日はほら、ほんとに急いでたから、「ごめん明日でいい!?」と言ってわざわざ休日に登校させてしまった。我ながら酷いことをした。どうせ振るくせに。
「ごめんね。君とは付き合わない。」

今のあたしには、とーこより大事な人はいない。とーこはきっと、みんなに愛される素敵な女の子になれる。なるに決まってる。ただ、今のあの子ってばちょっと心配だから、あの子が自分の足でしっかり立てるようになるまで、良きお姉ちゃんを「演じて」見せて、標になってやりたいな。自分の恋愛事にうつつを抜かすのはその後でも遅くないでしょ。休みに登校させたことを男子生徒に謝って、みんなの待つ生徒会室へ向かう。とりあえず、今やるべきは……


みんな。生徒会劇、絶対成功させようね。
とーこも見ててね。お姉ちゃん、がんばるから。


(sister to bloom おわり)


【エピソード一覧とか】

【七海家訪問編】"fear of favor"

【夏休み宿題編】"priority"

【雨の日お迎え編】"What will you be like tomorrow?"

【藤代書店編】"sight of YOU"

【醤油おつかい編】"999 hectopascal"

【前日譚・会長選】"For whom the flower blooms?"

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?