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ロール・オブ・ヴィクティム【ニンジャ222】

「ハァ―――――ッ…………」
黒く細長い物体が山積みとなったままの売り場の隅で、ヨシチャワは長い息を吐いた。

平安時代(だったっけか?)、キョート(とかだろ、どうせ)では春の暦を迎えんとする日にスシ・ロールを食したという(もちろん初耳だ)。その際決まった方角を向くことで幸運を呼び寄せるというが、どの方角だったかヨシチャワは覚えていない。興味もない。ここ数日彼は自身に課せられた販売ノルマのことしか頭にない。「畜生、ナンデこんなことに……」

彼が勤めるスーパーマーケット・チェーンは国家崩壊前までは順調に売り上げを伸ばしていたが、月が砕けたこの世界で何らかの権利を主張するだけの経済力も、武装も、有してはいなかった。近隣暗黒メガコーポにまさにドゲザして服従し、生き残った数店舗を細々と営業しながらミカジメじみてカネを搾り取られる惨めな状況の中、とうとうイカレ果てた経営陣が起死回生の策とやらを打ち出した。どこぞの風習にかこつけてスシ・ロールのノルマ付き大量販売を行い、1人1万本の販売ノルマを達成できなかった社員に売れ残りを買い取らせることで、カイシャとして確実に利益を出すという、まさに退治され損なったオニの悪あがきめいた所業である。

「畜生、ナンデこんなことに……」何度目の問いであろうか。商品開発コスト削減の結果スシ・ロール自体には何の工夫もなく、毎年売れ残るクリスマスケーキよりも遥かに味気ない。そのくせ包装材にエメツを配合することで高級感を出すという一貫性のない商品デザインにより価格は中途半端に高い。ノルマのうち2割も売れ残れば、ざっと1年分の稼ぎは消し飛ぶはずだ。仮に1万本捌けたとして、それが昇給につながるようなことはまずありえないだろう。カイシャの利益のため、見返りを求めずに身を粉にする。ヨシチャワたち末端販売員は所詮そういう役回りなのだ。

山積みのスシ・ロールを前にヨシチャワは途方に暮れる。販売本数のアテにできる友人や親類も声をかけ尽くした。それに今日はいつもの通り、客足もまばらだ。何かの節目と言いながら、ただの平日なのだ。

「ドーモ、お疲れ様です、ヨシチャワ=サン」

「ドーモ……シェキモト=サン、戻ったんスね」

声をかけてきたのは同僚の末端販売員、シェキモトだ。ボロボロにやつれているが、ニンジャである。今時ニンジャもそう珍しくないとは聞くが、こんな末端業務に粛々と従事する者は相当珍しいだろうとヨシチャワは考えている。勤務態度は真面目であり、他の従業員の仕事もよく助けてくれる。よく耳にする酷薄な戦闘者のイメージには程遠いニンジャであるが、善良とか、優しいとかではなく、恐らくは、単に疲れ果てているのだ。職場をつつがなく回し、利益を出す。それしか考えられなくなってしまったのだ。

「けっこう捌けました?あと何本スか?」

「あと893本まで来ました……ゲホッ、ゲホーッ!…いけません、商品が……」

シェキモトが突如喀血した。一切の光を返さぬ黒いスシ・ロール包装に付いてしまった血を拭う同僚を見るヨシチャワの顔から血の気が引いていく。仮にもニンジャ耐久力を持つシェキモトが、働き詰めとはいえスーパーマーケット業務程度でここまで消耗するはずはない。ヨシチャワにも想像がつく。この愚直なるニンジャ販売員は、こことは別の暗黒メガコーポの支配する隣接ディストリクトまで赴き、ゲリラ戦めいた営業販売活動を展開。その土地の自衛戦力からの苛烈なる攻撃を何とか振り切って帰還したのだ。その甲斐もあって彼は通算で個人ノルマの90%超を消化したわけだが……

(無理だろ……)ヨシチャワに改めて絶望が突き付けられる。2週間のキャンペーン期間も今日が最終日。ニンジャが休みなく働き、相当な危険を冒し、血を吐くほどボロボロになっても、販売ノルマには及ばなかったのだ。(やってられっかよ……逃げねえと……)虚ろな目のヨシチャワはフラフラと店外へ出た。暦の上では春が目前でも、まだ寒さのピークが過ぎてすらいない。すっかり暗くなった空を見上げる。どこへ逃げるのか。逃げた先に何があるのか。誰にもわからない。

百メートル近く歩いたところで、ヨシチャワは振り返り、自分が先ほどまで仕事をしていた荒野を眺めた。愚かなカイシャの犠牲にされるシェキモトたち同僚を思えば、自分だけ逃げだすのはさすがに後ろめたさもある。職場に浮かんだトリイをぼんやりと見ながら、(アバーッ!)(アババーッ!)くぐもった悲鳴を遠く聞く…………

「………ハッ!?」

気疲れか、それとも感傷があるのか、少しボーっとしてしまっていた。焦点をやや取り戻した視線の先には自分が逃げ出そうとしているスーパーマーケットの陰気な建物とカンバン。辺りに人の気配は無い。立地も最悪なのだ。ヨシチャワが踵を返そうとしたその時、入口自動ドアから人影が出てくるのが見えた。目を凝らすと、おぼろげながらシェキモトだとわかる。(引き止めに来たか?まいったな……)しかし予想に反し、その遠くおぼろげな人影はヨシチャワに背を向け、店へと向き直った。

「……イヤーッ!」ZZZZMMMZMZMZM!

一瞬の出来事であった。絞り出すようなカラテシャウトとともに、巨大スシ・ロールじみた黒い円柱がシェキモトの前方へと延び、スーパーマーケットの大半を呑み込んでしまったのだ。背を向けているシェキモトの表情はうかがい知れぬ。「ア……ア…………」ヨシチャワはあまりの光景にニンジャ・リアリティ・ショックを発症、その場にへたり込んだ。その時、赤黒の影がストリート沿いの建物の屋根を伝い、黒い円柱の前に佇むおぼろげなニンジャの背後に降り立った。

「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、シェキモト・ダマナカです」

両者がアイサツを終えたコンマ1秒後、「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはスリケンを投擲!「………」シェキモトは避けるそぶりもなし。ZZZZZZMM……スリケンはシェキモトのおぼろげな肉体をすり抜け、背後に横たわる黒い円柱に刺さり、絡め取られた。

(((こ奴は影によって敵を絡め取るハデス・ニンジャクランのジツの使い手也。そして纏うておるのはネガティヴカラテ……サツガイの力に相違なし。だが……グググ……先刻のジツにて絡め取ったのはドレインするカラテのない死体ばかり。連発できるワザにも非ず。実際つまらぬ弱敵……くびり殺せマスラダ!)))ニンジャスレイヤーのニューロンに邪悪な声が木霊する。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが地を蹴り、一瞬にしてワン・インチ距離に到達。鉤爪状にした右腕を叩きつける。ネガティヴカラテの身体には通常触れることはできない。しかし振り下ろされた腕が纏う黒い不浄の炎が、シェキモトのおぼろげな輪郭を捉えた!「グワーッ!」そしてその炎を頼りに、ニンジャスレイヤーのカラテが込められた右手が、シェキモトの首を、掴んだ!「……グワ――ッ!」炎に包まれるシェキモト!

「サツガイを知っているか」

「サツガイ…………殺すんですか?」

「お前を殺す。そしてサツガイも殺す」

「………そうしてください」

シェキモトの身体がいっそう激しい炎に包まれ、「サヨ……ナラ!」爆発四散した。


ヨシチャワはフラフラと歩き、かつての職場があった場所へと戻ってきた。横たわる影の円柱はまだそこに存在していた。中にはランダムに八つの刃が飛び出した金属塊の刺さった犠牲者の死体がいくつか、苦悶の表情を浮かべたまま絡め取られている。辛うじて残った建物の端の部分。忌々しい黒く細長い包みがいくつも積み上がったままだ。彼は長い息を吐いた。

「畜生、ナンデこんなことに……」

彼はスシ・ロールの包みをひとつ取って開封した。黒い巨大円柱の延びる方向は、或いは幸運をもたらす例の方角なのかもしれない。勤勉なシェキモトはきっと、経営陣のいい加減な説明もちゃんと憶えていただろう。今日ここで死んだのは、彼にとって実際幸運であったかもしれない。ヨシチャワは円柱の示す方向を向き、吐き気を堪えながら、味気のないスシ・ロールを咀嚼した。このどうしようもない人生が少しでもマシになるよう祈りながら。


【ロール・オブ・ヴィクティム】終わり

◇本編とは無関係◇

別バージョン:【ロール・オブ・エクスプロイテイション】

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