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1973 紫陽花

紫陽花、梅雨の季節。紫陽花を見ると50年近い前の幼稚園に行っていた時のことを思い出します。嫌だった幼稚園。でも我慢して、雨のなか、紫陽花の前でバスを待って毎朝行っていました。私には弟が3人いて、母を困らせたくなかった。だから、多分同じ団地に住んでいる同じ幼稚園に通っている人と、そのお母様と私でバスを待っていました。泣いて登園拒否をする選択肢がなかったんです。幼稚園は躾けとか厳しくて、息が詰まる感じでした。自分が何組だったも、先生の名前も、同級生のことも何一つ覚えていません。紫陽花の咲くバス乗り場でバスを待つ、下手なお絵描きと下手な体操で居場所がない、ということくらいしか覚えていないです。

で、うちの近所に国旗を覚えさせて(少なくとも15年前はソ連の国旗があった)、自分の名前を漢字で書けるようにする、結構子どもからすると厳しそうな幼稚園があります。結構、親世代からは評判がいいようです。でも、うちの長男、次男は2人ともそこには行かせず、すごい緩い幼稚園に通いました。ズボンのポケットがなぜか前についていて、結構間違えて履いていきました。でも、怒られないんだよね。いい幼稚園でした。この幼稚園だったら私も行きたかったです。

でも、その幼稚園を卒園すると、結構な割合で小学校でつまずきます。そうだよなあ、国旗幼稚園は小学校に行っても困らないように調教しているんだもんなあ、のんびり自由奔放だと小学校に行って躓く。。。うちの2人も本当に小学校3、4年くらいまでは苦労してました。で、長男は児童会長になって先生たちとうまくやることに、次男は不登校で徹底抗戦(笑)。どちらも公立小学校に見切りをつけて中学は市外の学校に。独学で勉強して行ったので、塾費用とかかからず良かったです。

偏差値的には、長男の行った方の学校の方が高く、とてものびのびやってましたが、次男はいわゆる中堅進学校で、ちょっと大変みたい。今、新聞で、「その宿題必要ですか」的な特集記事があって、中堅進学校はとんでもない量の宿題が出る特徴があるらしく、まあ、そんな感じ。で、次男は宿題をほとんど意味がないものだとブった斬り、やりたい勉強だけをやっている。学校側もさぞかし困ったのだろうが、今は結局それを認めているようで。

この社会はなんのために子どもに教育しているんだろうか。やっぱり会社に入って歯車として正確に働く人間を大量生産したいためなんだろうか。それとも、社会保障の財源のためなんだろうか。

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