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「犯人は現場に戻る」は本当か──悪事はこうして暴かれる【第1回】

 『元知能犯担当刑事が教える ウソや隠し事を暴く全技術』(森透匡・著)は、日々怪しい人物と駆け引きを繰り広げる敏腕刑事の取り調べ・捜査テクニックを公開した本。
 「相手の信頼を勝ち取り、隠された本心を引き出す」「証拠を積み重ね、効果的に使って被疑者を追い詰める」プロの技術を、これでもかと教えてくれます。「完オチ必至」のスゴ技を純粋に楽しむも良し、あるいはビジネスでの交渉事や日常生活でのちょとスリリング(?)なコミュニケーションに活かすも良し。

 詐欺に浮気に贈収賄、選挙違反に経歴詐称。この世にはびこるウソ欺瞞、もはや黙っていられるものか、悪事の真相こうして暴け!
 という勢いのままに、第5章「真実を知らせる証拠の集め方と使い方」を無料公開します! 全5回。

『元知能犯担当刑事が教える ウソや隠し事を暴く全技術』
第5章「真実を知らせる証拠の集め方と使い方」/第1回(全5回)

ウソをつく人が恐れるもの

人間社会では、次のような場面に遭遇することがあります。

・会社で社員がミスをして、その原因を上司にあれこれ言い訳している
・取引先の不正行為が発覚して、自社の担当者が社長に弁解している
・夫婦間で浮気が発覚して、夫が妻に言い訳している
・子供が悪いことをして、父親に怒られながら言い訳している
・学校で生徒が校則違反をして、先生に言い訳している
・犯人が犯した罪を隠そうと刑事に弁解している

つまり、このような場面では「真実を暴こうとする立場の人」と「暴かれまいとする立場の人」が戦っており、まさに「言いたくないことを聞き出そうとしている場面」でもあります。あなたにも少なからず、こうした後者の「暴かれまい」とした経験があるのではないでしょうか?

そんなときのあなたは、心臓がバクバクと速くなって動悸を感じたり、息切れがしたりして顔面も紅潮し、喉も異常に乾いたりするでしょう。怖くなって相手の目もろくに見ることができないかもしれません。

そして、真実の発覚を恐れる者は、言い訳をしたり、弁解するなかでウソをついたりします。それは、真実がバレてしまうと、自らが不利益をこうむるからです。

例えば、浮気が原因であれば、相手から「もう別れる! 離婚だ!!」と離婚届を突きけられることもあります。また、会社内の不正であれば、懲戒解雇になるかもしれないし、警察沙汰になるかもしれません。校則違反を素直に認めた生徒は、停学になる可能性もあります。

犯罪者の場合、犯行の事実を認めると逮捕されます。罪の程度によっては、刑務所に収容されるかもしれません。また、ニュースで実名報道をされれば親戚や家族、友人にも知られて、一人の人間として築いてきた信用や社会的地位も失います。心理的な影響は相当なものですし、生半可な精神力では耐えられないでしょう。ですから、ウソをついたり、黙秘したり、様々な方法で対抗するのです。

しかし、結局のところ、真実が明らかになると、真実を隠そうとしていた人にとって良い結果は待っていません。

真実を暴かれまいとする人は必死に防御しながら、自分の立場が少しでも有利になるように戦っているのです。

真実を語ることで自分に降りかかるものが大きければ大きいほど、また失うものが大きければ大きいほど人は口を堅く閉ざします。そのような状況でも、刑事は口を割らせて被疑者が言いたくないことを聞き出そうとしなければいけません。この点から、刑事の取調べがどれだけ厳しい仕事であるか、想像していただけるかと思います。

証拠が真実を左右する

では、このように真実を隠して抵抗する人が「一番恐れているもの」は何でしょうか?

それは何かと言うと、「証拠」です。真実を証明するものが証拠だからです。真実を隠そうとしている人や真実を歪曲しようとしている人にとって、証拠はとても邪魔なものです。もし、証拠を出されたら、真実は何かということがわかってしまいます。つまり、ウソつきは相手が「どんな証拠を握っているのか?」をとても気にしているのです。トランプゲームでも、相手がどんなカードを持っているかを常に気にしますよね。それと、まったく同じです。

ちなみに、証拠とは、ある命題の真偽や存否を判断する根拠となるものを言います。ここでは法律論について言及するつもりはないので、一般の方でもわかりやすく説明したいと思います。特に、犯罪捜査の世界では「証拠が命」です。証拠がなければ逮捕もできないし、起訴もできません。つまり、「犯罪が発生したとしても証拠がなければ、犯人を捕まえられない」ということになります。

例えば、人を殺そうとする者が用意周到に犯行を計画したとします。最も重要な証拠となる死体が発見されないように偽装し、他の証拠も一切出てこないように綿密に計画します。その計画どおり、犯行を実行すれば証拠はないので、捜査機関も事実を立証することができません。つまり、推理小説のような完全犯罪が成立し得ることになります。

実際に警察の捜査があまりにも杜撰だった結果、無罪判決が出た事件はあります。証拠は存在したものの、証拠能力に問題があるなどの理由で無罪になったケースです。特に、戦後の混乱期の事件処理では、犯人に自白を強要したり、証拠が乏しいにもかかわらず、見込み捜査が行なわれたりして、そのような結果を招いた例があります。戦後の混乱期に発生した事件とはいえ、捜査機関として反省すべき事実です。

つまり、証拠は取扱いを間違えると、真実すらも曲げてしまう可能性があるわけです。

先ほど、「完全犯罪が成立し得る」と述べましたが、人間のやることですから、どこかに証拠は残るものです。それをあらゆる方法で見つけ出して収集し、犯人をつき止め、逮捕して有罪まで持っていくのが刑事の仕事です。犯罪者と刑事の知恵比べとも言えるかもしれません。

このように、真実を追究するためには「証拠」が非常に重要な役割を担うことはご理解いただけたのではないかと思います。

「犯人は現場に戻る」は本当か?

証拠の意味合いを正しく捉えるために、犯人の心理についても学んでおきましょう。

刑事ドラマを見ていると、ベテラン刑事が次のような言葉を発することがあります。

「犯人は必ず現場に戻ってくる」

そして、ドラマの中の刑事は犯行現場で何日も張り込みをして、現場に戻ってきた犯人を捕まえます。「そんなに簡単に犯人は現場に戻ってくるのだろうか?」と疑問に思う方もいるでしょうし、「そもそも、犯人は本当に現場に戻ってくるのか? ドラマの中だけの話ではないのか?」と思う方もいるでしょう。

それらの疑問に対する筆者の答えは、「実際に、犯人は現場に戻ってくる」です。つまり、刑事ドラマ上の作り話ではなく、犯人は現実として現場に戻ってきます。

さて、なぜ犯人は現場に戻ってくるのでしょうか?

ここで、犯人の心理を考えてみましょう。

罪を犯した者が最も興味があること、それは「自分が警察に捕まるかどうか」です。殺人事件などの重大犯罪を起こした犯人なら尚更です。連日のようにニュースやワイドショーで事件が報道されますし、警察の捜査の進捗が気になって仕方がないでしょう。刻一刻と忍び寄ってくる警察の足音に怯えながら生活しているのがまさに犯人の心理です。

例えば、電車に乗っていても、チラチラと自分を見るスーツ姿のサラリーマンが刑事に見えたりします。また、自動車を運転中にパトカーとすれ違うと、「もしかして自分を捕まえに来たのでは?」と思うこともあるでしょう。そのような緊張感を持って逃走生活を続けていると、安心感を求めたくなります。「警察には捕まらない」という安心感です。

さて、もし、あなたが犯人になってしまったら、自分が警察に捕まるかどうかはどうしたらわかるのでしょうか?

まさか警察に聞きに行くわけにはいきませんし、自分で情報収集をして予想を立てるしかありません。そのうえで捕まらないための逃走生活の仕方を考える必要があるのです。

端的に言えば、警察に捕まるかどうかは「現場に証拠を残してきたかどうか」が大きく影響します。そのため、「犯行現場に指紋を残さなかっただろうか?」「逃走時に捨てた凶器は見つかっていないだろうか?」「目撃者はいなかっただろうか?」「現場付近に防犯カメラが設置されていなかったか? カメラが設置されていたら、どう映るだろうか?」など、犯人にとっては警察から逃げている間、「現場に証拠を残していないか?」ということが最大の関心事になります。

犯人は毎日不安に苛まれ……

犯人の心理としては、毎日毎日、警察に捕まるのではないかと不安に苛まれているのです。つまり、「俺が犯人だということを警察は気づいていないから、捕まらない。大丈夫」という心理的な安心感がどうしても欲しくなります。「だったら、自首したらいいのに……」と思う方もいるでしょう。そうですよね。自首したら、そうした不安感から解放されて楽になれます。

「逃げるのに疲れたから出頭した」

これは、自首してきた犯人がよく言うフレーズで、逃走していた犯人のホンネだと思います。警察の目を掻潜くぐって逃げ続けるというのは相当神経をすり減らしますから、疲労困憊になるのも頷けます。

さて、それでは「警察に捕まらない」という安心感を得るために犯人は何をするのでしょうか?

まずは、犯行時の記憶を思い出すことから始めるでしょう。自分が行なった犯行の状況をできる限り鮮明に思い出して証拠を残してこなかったかどうかを考えます。

しかし、それだけでは、どうしても不安になります。飲酒した後の犯行だったり、突発的な犯行だったりすると、記憶がどうしてもあいまいになります。そこで、どうするか? 犯行現場に戻るのです。

現場に戻って「ここから侵入して、ここを通って、こうやって外に出たから……」と犯行当時を思い起こして「防犯カメラはないな?」「ここでは誰にも見られていないな?」などと、証拠を残していないかどうかを確認するのです。そして、「大丈夫だな……」とほっとして現場を離れ、またしばらく逃走生活を過ごすわけです。

つまり、犯行現場に証拠を残していないことを確認して当面の安心感を得るために、現場に戻るのです。これは、犯罪者の心理をよく物語った行動と言えます。

自分で犯行場所を教えてしまった犯人

犯人が現場に戻った事件が現実にあります。

大阪府寝屋川市で発生した「寝屋川中1男女殺害事件」です。この事件は、2015(平成27)年8月13日に大阪府寝屋川市に住む中学1年生の女子Aと男子Bが行方不明となり、それぞれ遺体となって発見された事件でした。

8月13日未明、京阪本線寝屋川市駅前のアーケードを歩く二人の姿が防犯カメラの映像として残されており、午前5時ごろに防犯カメラに映ったのを最後に二人の足取りが途絶えました。午前5時11分と午前5時17分に、当時45歳の男Yの軽ワゴン車が走行するのを近くの防犯カメラが捉えていました。

8月13日午後11時半ごろ、高槻市の物流会社駐車場で女子中学生Aの遺体が発見されました。遺体は粘着テープで縛られ、左半身を中心に30箇所以上の切り傷がありました。司法解剖によって、死亡推定時刻は午後7時半ごろ、死因は窒息と判明しました。この遺体発見の直前である午後10時34分から11時10分ごろまで不審な車が停車しているのを現場近くの防犯カメラが捉えていました。

また、捜査本部は防犯カメラの映像などから、不審な車の所有者が男Yであることを特定しましたが、Yは過去に同じような前科があり、2014年10月に出所したばかりでした。

8月21日午前1時15分ごろ、大阪府警は大阪市北区の駐車場でYの車を発見し追跡を開始しました。このとき、Yはなぜか柏原市の竹林に数分間だけ立ち寄りました。この場所こそ、被害者の男子中学生Bの死体を遺棄した現場でした。つまり、犯人Yは現場に戻ったのです。その後、捜査員がその場所を捜索したところ、男子中学生Bの遺体を発見し、夜になってB本人と確認しました。そして午後8時20分ごろ、大阪市城東区の路上で女子中学生Aに対する死体遺棄の容疑で男Yを逮捕したのです。

警察は被害者の一人である女子中学生Aの遺体を発見していましたが、もう一人の被害者である男子中学生Bの遺体を発見できず、容疑者として浮上したYを尾行しながら行動確認をしていたのです。その最中に、たまたまYは男子中学生を遺棄した場所を見に行きました。警察は秘匿で尾行していましたので、Yに気づかれることなく、男子中学生Bの遺体を発見しました。そして、この事件がYの犯行であるという確信を持ち、逮捕に結びついたのです。つまり、犯人は自分で警察に犯行場所を教えたのです。

この事件では、おそらく犯人Yは現場に証拠を残していないかどうかを確認して心理的な安心感を得たかったのでしょう。しかし、皮肉にもその行動が裏目となり、警察に現場を教えてしまい、捕まることとなったのです。

このように、犯人は証拠の存在を気にして現場に戻るというわけです。

(第1回 了)

著者プロフィール

森透匡(もり ゆきまさ)
一般社団法人日本刑事技術協会代表理事(経営者の 「 人の悩み 」 解決コンサルタント)。
警察の元警部。詐欺、横領、贈収賄事件等を扱う知能・経済犯担当の刑事を約20年経験。東日本大震災を契機に独立し、刑事が職務上体得したスキル、知識を用いてビジネスの発展と社会生活の向上に寄与することを目的とし、一般社団法人日本刑事技術協会を設立。
現在は代表理事として「 ウソや人間心理の見抜き方 」を主なテーマに大手企業、経営者団体など毎年全国180か所以上で講演・企業研修を行い、これまで6万人以上が聴講、「究極の心理学だ」「おもしろい」と人気を博している。
TBS「ビビット」、日本テレビ「月曜から夜ふかし 」、読売新聞、日本経済新聞などメディアへの出演多数。著書に『元刑事が教える ウソと心理の見抜き方』明日香出版社がある。

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