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作られたものが全て悪いとも限らない

誰かが自分の思う通りに、世の中が動いて欲しいと思って、作り上げてきたものがあるんだなと感じる。

そして所詮それを作り上げたのは自分たちと同じ人間であること。

どんな人間にだって欠陥はある。
見えてなかった部分だってある。
ずっと昔に作られたものがベースになって、それをマイナーチェンジくらいの感じで小さく小さく変更していったりしたのかもしれない。

その今の社会が作ったルールが合わなくて、生きづらさを感じている人は少なくないだろう。

それはもしかしたら社会というものに希望を抱き、自分の生きやすい世の中に変わると信じ、それでもただその場に突っ立ってだけかもしれない。

自分の中の考え方を変えていった方がよっぽど早いのに。

今の社会の仕組みを作った人はほとんど満足しているから、変更するだなんてそんな面倒なことをしたくはないだろう。

そのまま進んで行った方が楽そうだし。

それはもしかしたら自分が楽したい人間だからそういう思考になっているのかもしれないけど。

だから、わからない。細かいことはわからない。


作られたものが悪いベースで物事を考えてしまうと、どうしてもネガティブで希望のないものばかりでいっぱいになる。

そこに抗ってばかりになると結局、狭いところで足掻いて終わりになってしまう。

粗探しをすればいくらでも探すことはできる。

そこは重要なのか?と思う。

実はそこはあまり重要ではなくて、社会の仕組みなんかを理解することが重要そう。

階級のこととか、ジェンダーについて、セクシャリティや障害、人種のこともそう。

何か一つ少しでも調べてみたらそれでだいぶと世界が広がっていく。
そして他のことも調べていくと、実はそれは深いところで繋がっているのかもしれないと気づく。

今生きてるこそ世界の根本にあるものに目を向けて、怖くて、苦しくてたまらない問題に直面した時に、本当の意味での世界が見えてくるのかな・・・と。

そして今この生きてる世界が、何も考えてなくてもそれなりに成立していて、その一部として動いているんだということ。

でも一人一人が今以上にさらに、世の中を知り、動いたときに。
全ての活動がより意味のある、そして誰にとっても幸せなものになると。

そうなったら、変えざるを得ない。
変えないと、大きくガラッと変えないといけないのかもしれないと思わせて仕舞えばそれは我々の勝利なのかも。

悪いとも限らないけど、おそらく悪いんだろうなというこの世界を、変える力があるのは一部の権力者?違う、多分大多数の一般人。

数が多いものが本気を出したらそりゃ強くなる。

悪い世界だと思うなら。思うだけでは勿体無い。


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