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何のために生きる?生まれ変わるのはどうして?

それは…魂の成長のため。

生きていると、つらいことも苦しいことも結構あって、占いで「今年はいい年です」って言われても、毎日がハッピーに生きられるわけでもない。友だちと喧嘩したり、仕事でしょうもないミスをしたり、大切なものを失くしたり…嫌なことが何もないハッピーな毎日を過ごしたい!と思うけど、本当にそれでいいのかな?と考えた。
つらいことや苦しいことがあるから、人は自分を省みるし、改善策を考えて成長できる。
哀しいかな、“ぬるま湯”に浸かっていても人は成長できない。
もちろん、羽を休める「時」があってもいいと思うし、必要だと思う。
けれど、せっかく生まれてきた人生で、「何もしない」のはあまりにももったいない。
少し脱線するけれど、輪廻転生とか生まれ変わりは、高い塔を登っていくようなものと私は思っています。
同じ階をぐるぐる回るのではなく、螺旋状になっていて基本的に上がっていく。一つの人生の中でいろんな経験をすることで魂磨きをして、レベルアップするから。
でも、もし仮に「何もしない」といつまでも同じ階をぐるぐるすることになるし、退屈で飽きてしまう。
床が透明だという前提で(どんな前提?苦笑)、下の階は上の階から「あれはこんなだったな」と見えるけど、上の階は下の階からはなんとなく見えるけど全貌は見えなくて「見てみたい」と思う。だから、魂はレベルアップしたいといつも思っているんじゃないかな。
だからこそ、この人生でつらいことや苦しいことも経験しつつ、その代わりに素敵なことや楽しいこともたくさん経験して魂を磨くのだと思います。

嫌なことがあったとき、「運が悪い」とか「誰かのせい」と、自分以外のところに責任転嫁する人は、いつまでたっても成長できない。仮に、「誰かのせい」で自分が嫌な思いをしたとしても、きっと自分にも落ち度があったはずだと、「誰かのせい」も自分のせいに出来る人は、常に自分を省みれるので、どんなことも糧に出来て成長できる。それは脳科学でも証明済みです。
成長って、常に上を向く、“伸びる”ことだけではないと私は思います。
自分が“種”だとして、土(環境)を選ぶのも、地下に根を張るのも、枝や葉を減らすのも、一見「成長していない」ように見えても、中ではしっかり成長しているし、むしろこの目に見えない成長の方が実はすごく大切だったりする。より“大きく”というよりは、より“中身の濃い”ものになるために。成長というより進化といった方がいいのかしら(笑)。

いつものことながら、なんだかとりとめのないお話になってしまいましたが、最後に私の好きな言葉を。
「何かを始めるのに遅すぎることはない、だって今日が“これから”の時の中で一番若いから。
過去の決断を後悔するのはナンセンス、だってその時が“それまで“で一番経験豊富で賢かったから。むしろ後悔できるのは、その時より今の自分がさらに成長できているってことだから喜ぶべきこと。」

最後までお読みいただきありがとうございました🙏🌈

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