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アメリカのマイクロモビリティについて調べてみた

先日紹介した「Uber、プライバシー団体に加盟 市のデータ収集に反発(翻訳記事)」という記事の背景として、最近、アメリカではドックレスと言われるどこでも乗り捨てられる電動キックボード(英語ではe-scooter/electric scooter)とシェアサイクルが流行っているのですが、具体的にどんな状況になっているのか、調べてみました。(文責:伊藤昌毅、調査・原案:孕石直子)

アメリカでは、電動キックボードとシェアサイクルはあわせてマイクロモビリティと総称されています。2017~2018年頃からBird、Jump (Uber)、Lyft、Lime、Skip、Spin (Ford)などの大小様々なスタートアップ企業により爆発的に広がってきています。都市内の任意の地点間の短距離移動という、車でも公共交通でも出来なかった移動を簡単に・素早く・安価にかなえる新興都市交通サービスと言えます。

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Anthony Quintano / Flickr

現在の普及状況

現在の普及状況をデータや地図化している「Mapping the impact of dockless vehicles」という記事によると、2020年3月27日時点で278都市でなんらかのマイクロモビリティが営業しており、32都市では一部、または全てのマイクロモビリティ事業が禁止されています。

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上記ページで公開されているデータを元に事業者ごとに都市数をまとめると、以下のようになります。

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ドックレス

「ドックレス」というのがマイクロモビリティの特徴です。従来のシェアサイクルは都市内に拠点をいくつも準備し、そこで乗り降りするようになっていたのですが、今流行している電動キックボードやシェアサイクルは「ドックレス」と言われるように、決まったレンタル・返却の拠点がなく、位置情報技術と組み合わせることで自分の好きな場所で借りて乗り捨てられるようになっています。日本語では「ポートレス」とも言いますが、このタイプのシェアサイクルや電動キックボードは、私の知る限り日本には登場していません。

世界初のドックレスサービスがいつどこで行われたのかははっきりとしませんが、1998年までに登場したようで、それは自転車に番号式の錠を用い、あらかじめ登録したユーザがオペレーターとの通話で暗証番号と車両の位置を教えてもらえるという仕組みだったようです。1998年にドイツ鉄道(DB)がその仕組みを発展させ、SMSで暗証番号を通知し開錠・施錠する仕組みを開発、2000年にその仕組みを用いたドックレスシェアサイクルサービス、Call a Bikeをドイツ各地でスタートさせた(*1)のが、大規模なドックレスシェアサイクルサービスの始まりです。

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北京のシェアサイクル / "ofo小黄车" Wikipedia

今回のアメリカでの流行には、中国での流行の先行がありました。2014~2016年に中国でofoやMobikeがドックレスシェアサイクルを開始し中国国内で大流行していました(*1)。これを受けてアメリカのシェアサイクルにも2017年頃からドックレスサービスが導入されます。

しかしアメリカで流行の起爆剤となったのは、何と言ってもBirdによる電動キックボードの導入でしょう。2017年Birdがカリフォルニア州サンタモニカで電動キックボードによるドックレスシェアサービスを開始すると2018年にアメリカ中で爆発的人気となり(*2)、それが現在も続いています。

利用方法

ドックレスの電動キックボードをどのように利用するか、Birdの例で紹介します。

1. まずはアプリの地図上で近くにある空いている車両を探し予約ます。場所やバッテリーの残量などに基づいて選びます。予約は30分有効なので、それまでにキックボードまで向かいます。

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2. 支払いは事前にアプリにクレジットカードを登録します。

3. 現地で車両のハンドルに付いているQRコードをアプリで読むとロックが解除されるので、走行開始!

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4. 目的地に着いたら、スタンドを立てて、歩道などの安全なところに駐車。アプリの「ロック」ボタンを押して乗車が完了します。

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マイクロモビリティの主な事業者(アメリカ)

Bird

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2017年9月アメリカで(そして恐らく世界でも)初めてドックレスキックボードサービスを開始した、電動キックボードでは老舗となる企業です。創業者はLyftやUberで幹部を務めていたTravis VanderZanden氏 (*2)。創業からわずか1年余りで北米とヨーロッパの120都市に展開しました。本拠地はカリフォルニア州サンタモニカ。サンタモニカという街は、元々自転車やスケートボード、ローラースケートなどが盛んで、道路空間もこうした移動手段に適していたという背景があるそうです(*3) 。

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Jump

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JumpはUberの子会社であり、Uberアプリで利用出来ます。2017年にワシントンD.C.でサービスを開始したシェアサイクル事業を、2018年4月にUberが買収しました。その後10月にキックボードサービスも開始。2018年には全米各地、ヨーロッパ、カナダ、2019年にニュージーランドで展開しています (*4)。
先日の記事で紹介したように、ロサンゼルス市交通局とデータ提供をめぐり係争を繰り広げています。

Lyft

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ライドヘイリング事業でUberの二番手だったLyftですが、2018年11月ニューヨーク市とその周辺でCiti Bikeを手掛ける米シェアサイクル最大手Motivateを買収し、シェアサイクル事業では首位に躍り出ました。Motivateは電動キックボードは手がけておらず、アメリカの自治体と協調してシェアサイクルを展開しています。ニューヨークでのCiti Bikeはニューヨーク市唯一の公認シェアサイクルで、1日平均4万8000件の利用があります(2018年)(*5) 。

Lime
2017年6月、中国系投資会社の幹部2人を創始者として、ノースカロライナ大学グリーンズボロ校でドックレスシェアサイクルサービスを開始しました。2018年2月にキックボードサービス開始、2018年5月セグウェイと提携、2018年8月電動自転車でUberと提携しています。現在、事業規模を縮小しており、経営難が噂されているようです(*6) 。

Spin
大手自動車メーカーのフォード社の一部門でマイクロモビリティ事業を行っています。元は中国で流行していたドックレスシェアサイクル事業をアメリカに持ち込もうと2016年にサンフランシスコで創業したスタートアップで、2017年シアトル市初のドックレスシェアサイクルパイロットプログラムでサービス開始、その後サンフランシスコでキックボードサービスに参入しました(*7) 。2018年11月にフォードに約1億ドルで買収されました。

これまでの経緯

マイクロモビリティに関連する出来事を時系列でまとめました。

~1998年:  シェアサイクルにおいて番号式の錠が導入され、あらかじめ登録したユーザがオペレーターとの通話で暗証番号と自転車の位置を教えてもらえるドックレスシェアサイクルサービスが生まれる(*1)。

1998年:  ドイツ鉄道(DB)がSMS(あるいは通話)で暗証番号を通知し自転車の開錠・施錠を行える技術を開発(*1)。

2000年:  ドイツ鉄道(DB)がドイツ各地でCall a Bikeと呼ばれるドックレスシェアサイクルサービスを始める(*1)。

2013年5月:  Motivate、ニューヨーク市でシェアサイクル事業Citi Bikeを開始、2017年10月までに1万2000台を保有し米最大のシェアサイクル事業となる(ただしドックあり)(*5)。

2015年6月: ofo、北京でドックレスシェアサイクル事業開始、中国全土に広まり2016年末には8万5000台を有するまでになる(*8)。

2016年4月: Mobike、上海でドックレスシェアサイクル事業開始。同年12月には上海がシェアサイクルで世界一の市に(*9)。

2017年2月:  ofo、シンガポールを皮切りにイギリス・ケンブリッジ、アメリカ・シアトル)、オーストラリア・シドニーなど国際展開を開始。

2017年3月:  Mobike、同じくシンガポールを皮切りに日本(福岡・大阪)、ヨーロッパ各地、アメリカ、タイ、マレーシア、オーストラリア、イスラエルなど国際展開を開始。

2017年6月:  LimeBike(Limeの前身)、ノースカロライナ大学グリーンズボロ校でドックレスシェアサイクル開始。2017年中にアメリカ各都市に展開 。

2017年7月:  Spin、シアトル市初のドックレスシェアサイクルパイロットプログラムに参加しサービス開始。市内シェア1位に。

2017年7月:  LimeBike、シアトルで市内2位のドックレスシェアサイクル事業者に。

2017年9月:  Bird、サンタモニカで初のドックレス電動キックボードサービス開始(*3) 。その後1年余りで120都市に展開。

2017年9月:  Jump、ワシントンD.C.でシェアサイクルサービス開始。2018年までに6カ国で1万5000台の自転車を所有し、5万人のユーザをかかえるまでに成長。

2018年: ドックレスマイクロモビリティが急速に広まる。

2018年1月:  Jump、サンフランシスコ市内で初となるドックレスシェアサイクルサービスを開始。
2018年1月: Lime、サンフランシスコで電動自転車サービス開始を発表。

2018年2月:  Lime、ドックレス電動キックボードサービス参入。
2018年2月:  Skip、ワシントンD.C.のパイロットプログラムでドックレス電動キックボードサービス開始(*10)。
2018年2月:  Spin、サンフランシスコでドックレス電動キックボードサービスを開始。

2018年4月:  Uber、Jumpを買収。

2018年5月:  LimeBikeがLimeに改名、Segwayとパートナーに。

2018年8月:  Lime、電動自転車でUberと提携。

2018年8月:  サンフランシスコ市、SkipとScootにドックレス電動キックボードサービスの営業を許可。

2018年8月:  Citi Bike、ニューヨーク市の提案によりドックレスサービス開始。パイロットプログラムの中で電動自転車を導入。

2018年秋:  ロサンゼルス市交通局、「Mobility Data Specification」プログラム公表。
アメリカ史上初となる、市が公道のコントロールを確立する試みで、マイクロモビリティ事業者にリアルタイムトリップデータの提出を求める。
一方、BirdやLyft、Jumpを運営するUberはユーザのプライバシーを侵害するとして反対(*11, *12)。

2018年10月:  Jump、シェアサイクルに加え電動キックボードシェアリングシステムを開始。

2018年10月:  サンフランシスコ市交通事業、電動キックボードサービスについて1年間のパイロットプログラムを開始。ScootとSkipの2社に限る。

2018年11月:  Lyft、米シェアサイクル最大手Motivateを買収 (*13)。
2018年11月:  Ford、Spinを買収。

2019年6月:  シカゴ市交通局、電動キックボードシェア事業のパイロットプログラムを開始。

2019年6月:  ロサンゼルス市交通局、Birdに対しキックボードレンタル業務停止を言い渡し。

2019年7月:  サンタモニカ市(Birdの拠点)、BirdのMDSデータが不正確として取り締まる(*11)。

2019年9月:  ロサンゼルス市交通局、1年間のドックレス車両パイロットプログラム開始。120日間の条件付き許可経過後、各社3000台に限り1年間合法化し試験運用 。

2019年10月:  Jumpを運営するUber、ロサンゼルス市交通局のデータ収集に対し提訴する (*14)。

2019年10月:  サンフランシスコ市交通事業、Lime、Scoot、Spin、Jumpの4社にそれぞれキックボード1000台の営業を許可。Skipはプログラムから外される。

2019年11月:  Open Mobility Foundation(OMF)創設、Mobility Data Specificationの運営が移される(*15, *16) 。

2020年1月:  Lime、従業員の14%を解雇、10以上の地域でキックボードサービスを終了。

2020年2月:  ロサンゼルス市、Jump (Uber)のドックレスシェアサイクル事業とキックボード事業について業務停止を決定。Uberはこれを不服としてCARS(ユーザの移動を監視することに反対する連盟: Communities Against Rider Surveillance)に加盟し上訴(*17) 。

2020年春:  シアトル市交通局、電動キックボードシェアサービスのパイロットプログラムを開始予定。

参考文献

*1 "Bicycle-sharing system." 2.5 Dockless bikes. Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Bicycle-sharing_system#Dockless_bikes. Accessed 30 Mar. 2020.
*2. “Bird (company).” Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Bird_(company). Accessed 23 Mar. 2020.
*3. Yakowicz, Will. “14 Months, 120 Cities, $2 Billion: There's Never Been a Company Like Bird. Is the World Ready?” Inc. https://www.inc.com/magazine/201902/will-yakowicz/bird-electric-scooter-travis-vanderzanden-2018-company-of-the-year.html.
*4. “Jump (transportation company).” Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Jump_(transportation_company). Accessed 23 Mar. 2020.
*5. “Citi Bike.” Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Citi_Bike. Accessed 24 Mar. 2020.
*6. “Lime (transportation company).” Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Lime_(transportation_company). Accessed 24 Mar. 2020.
*7. “Spin (company).” Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Spin_(company). Accessed 24 Mar. 2020.
*8. "ofo (company)." Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Ofo_(company). Accessed 30 Mar. 2020.
*9. "Mobike." Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Mobike. Accessed 30 Mar. 2020.
*10. “Skip (company).” Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Skip_(company). Accessed 25 Mar. 2020.
*11. Bliss, Laura. “A Controversial Scooter Data Tracking Program Gains Traction.” Citylab. 23 Aug. 2019, https://www.citylab.com/transportation/2019/08/scooter-ride-mobility-data-privacy-laws-ecpa-los-angeles/596446/. Accessed 23 Mar. 2020.
*12. Bliss, Laura. “Uber’s Beef with L.A. is Bigger than Data.” Citylab. 29 Oct. 2019, https://www.citylab.com/transportation/2019/10/uber-lawsuit-data-privacy-scooter-tracking-los-angeles/600985/. Accessed 23 Mar. 2020.
*13. Lyft. “Lyft Becomes America’s Largest Bikeshare Service.” Lyft Blog. 29 Nov. 2018, https://www.lyft.com/blog/posts/lyft-becomes-americas-largest-bikeshare-service. Accessed 23 Mar. 2020.
*14. Teale, Chris. “Los Angeles approves new rules, 1-year pilot for dockless vehicles.” Smartcities Dive. 5 Sep. 2018, https://www.smartcitiesdive.com/news/los-angeles-approves-new-rules-dockless-vehicles/531611/. Accessed 23 Mar. 2020.
*15. “Mobility Data Specification.” Transit Wiki. https://www.transitwiki.org/TransitWiki/index.php/Mobility_Data_Specification#History_of_MDS. Accessed 23 Mar. 2020.
*16. Open Mobility Foundation. “Mobility Data Specification.” Github. https://github.com/openmobilityfoundation/mobility-data-specification. Accessed 23 Mar. 2020.
*17. Plautz, Jason. “Uber, Privacy Groups Form Coalition to Fight City Data Collection.” Smartcities Dive. 28 Feb. 2020, https://www.smartcitiesdive.com/news/uber-privacy-groups-coalition-CARS-data-collection-MDS/573182/. Accessed 23 Mar. 2020.



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