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『脳のリズム』の読書メモ(まだ読んでない)

「文系は作者の気持ちでも考えてろよ」という、使い古されたいわゆる文系への煽り文句がある。
もちろん、大学入試までの現代文の試験問題では登場人物の心情を問う問題はよくあるが、作者の気持ちを問う問題はまれであり、そもそもあまり正確ではないし、作者の気持ちを考えることは普通に学問としても、日常生活の技能においても重要なスキルだろう。
ところで、筆者の気持ちを推察するという技能は、大学以降の学問ではむしろいわゆる理系(もちろん学問においてこのような二分化自体が不毛であることは言うまでもない)で必要とされる場合もある。データの収集とそれに対する解析、可視化をする分野においてはその分野が共有している問題意識の空気を読むことや、筆者の興味関心とやりたいこと、知りたいこと、背景で前提としている知識や理論といったお気持ちを考えることが必須のスキルとなる。論文を読むとき、我々はその分野の知識や統計解析の手法の理解のほかに、なぜその解析手法が選ばれたのか、なぜそういった指標に対して解析を加えたのか、なぜこのような形式で図示されたのか、なぜこのような実験を行ったかなどを、筆者の気持ちを推し量ることで理解しなければならない。
こういったお気持ちの推定は、引用文献をたどりながらひたすら分野の背景知識や問題意識、解析手法や図示方法の使われ方を学び、また分野のことをよく理解している研究者の前で論文紹介などをしてしばき倒されることで(私のラボでは一人当たり月一回くらいの頻度で、2時間ほどかけて論文1本をラボの全員の前で紹介して徹底的に議論する機会がある)、分野のなかでの“常識”を獲得することで少しずつできるようになっていくものであり、この常識が分かってないと基本的に論文のお気持ちを読み解くことはできないし、その先の批判的検討も難しい。

さて、私の専門はいわゆる神経科学のなかでも電気生理であるが、最近はLFPの位相とスパイクタイミングの相関をとるのが流行りである。LFPにバンドパスフィルターをかけてヒルベルト変換し、特定の周波数帯のオシレーションの瞬間位相を計算し、スパイクがどの周波数帯のどの位相で起こりやすいか、あるいはどの程度固定された位相で起こっているかを調べるというものだ。
これまでは普通、神経細胞の情報表現というのは発火頻度が担っているというのが一般的な理解であった。もちろん、スパイクタイミングやISI、あるいは神経細胞間のスパイクの同期具合といったものも情報を担っていることは知られていたが、実験生理学者が主に注目するのは発火頻度であった。しかし最近はタイミング情報の重要性が見直されつつあるのと同時に、スパイク間のタイミング情報だけでなく、LFPとのタイミングの関係を考えるというのが流行している。
LFPは局所におけるEPSPやIPSPといった入力信号の強度や時空間パターンなどを反映していると考えられ(海馬などは例外)、ある記録部位のLFPの波形とスパイクのタイミングの関係が情報処理や情報表現に重要であることは想像に難くない。また、神経細胞群が同期発火していることや、入力信号が同期していること自体が情報処理にとって意味を持つだろうことも、脳波研究などの知見を踏まえれば重要だろう。
LFPをとれること、スパイクのタイミングをmsオーダーで取れることは電気生理手法の強みであり、特に最近げっ歯類で猛威を振るっている大規模イメージング研究では不可能な、明確な優位性である。
しかし、こういった解析は、何らかの相関を示し、新しい現象を発見することはできても、その現象の情報処理における意義を解釈することが難しい。LFPの振幅が大きいときの発火か小さいときの発火かで、同じスパイクにしても行動に対する重要性が変わるというのは理解できる。しかし、全体の振幅ではなく特定周波数に限った波形との関係性ではどうか。LFPは入力信号の大きさそのものではなく同期具合も重要であるということをふまえるとどうか。ある位相に固定されているというのではなく、何らかの位相にどの程度固定されているという場合はどうか。同一記録部位内のLFPとスパイクの関係ではなく、部位AのLFPと部位Bのスパイクの関係ではどうか。もちろん、情報投射の前後関係や特定の部位の特定のタイプの活動との関係などの解釈はある。しかし、それは本当かわからないし、なによりそれだけなら他の手法を使った方がはっきりとわかる場合が多いように思える。

「LFPの位相とスパイクタイミングのなんらかの相関関係という現象はデータから読み取れるけど、それが情報処理においてどういう意味を持つのか、その生理学的なメカニズムがわからない。したがってこの関係が分かって何がうれしいのかわからない」という状態になることが最近頻繁にある。こういう時どうすればいいのか。お気持ちを知るには前提とされている思想を知ることが必要である。幕末の人間の行動原理や気持ちを理解したいなら、事件の年表を追うだけでなく陽明学や朱子学を勉強した方がいい。というわけで、脳のリズム現象の全般に関して有名なこの本( https://www.msz.co.jp/book/detail/08791/ )を読んで、そもそもリズムや脳波研究者がどういう気持ちを持っているかを学ぼうと考え、メモを残そうと思った次第である。

なお、これまでの記述でもわかると思うが、あくまでも個人的な覚書であり、私はアウトリーチャーではないので、専門用語などを解説することは基本的に一切しない。
おそらく本記事の対象は神経科学を専攻する院生レベル、それもある程度私の分野に隣接している人々に限られるであろうが、そうでない人も興味があるなら頑張って勉強してください。

本記事に対する疑問・批判は自由に受け付けていますが、研究活動というよりは個人の趣味の記事であるため、私が返すかは基本的に気分次第です。

本文は読んだら追加していきます。

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