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脱サラしてミュージシャンになるPart2

両親の了解を得て晴れてN.U.としての人生を歩む事を決めた青年庭瀬くん、後はお世話になった会社の上司になんて伝えるか???

庭瀬は営業四部、宇田は営業五部

2人でライブやってる事は社内誰もが知ってたので、どちらかが「ミュージシャンになりたく退社したい」といえば他方も一緒に?という話になるのは容易に想像ついてたから2人同時にそれぞれの上司に伝える必要があった。その日を決めつつパーテション越しにアイコンタクトしつつそれぞれ上司の元へ、

少しお時間頂けないでしょうか?

それぞれ上司と共にそれぞれの会議室へ。

これはなかなかに異様な光景だったはずww 壁一枚挟んで2人が同時に退職の話をしてるというレアな状況。未だに相方の宇田さんが上司とどんな話の流れになったのか僕は知らないんですが、、、僕の方は荒れに荒れた!というか「退職したいんです」と伝えた後に返された言葉は

競合他社に行くんなら吊し上げるぞ

だった。ちょっと震えたww それだけ目をかけてもらえてたって事。その愛情は凄く伝わってたからこそ心苦しかった。普段はめちゃくちゃ厳しくて、でも仕事を離れた場ではめちゃくちゃ気さくで人間味溢れてて、そして仕事がめちゃくちゃ出来る上司でした。厳しいけどこの人の下で働けて良かった!と心から思える尊敬出来る人でした。新人には異例の大手ベンダー担当に抜擢して下さり、しかもいちいち教えてくれない。自分で考えて動くしかない、当然何度も間違う、その都度怒られる、けど一度間違ったらちゃんと教えてくれる、、、そんなストロングスタイルの昔気質な上司だったお陰で【考える】事の意味を教えてもらえた。当時はしんどかったけどww 寝不足過ぎて十二指腸潰瘍で入院したけどww あの時の経験があったから今もミュージシャン続けられてると思う。そんな上司に

いえ、この業界内で転職したいんじゃなくて、、、           ミュージシャンになりたいんです

伝えた後、上司はしばらく考え込んでた。僕にとっては長い沈黙の後にもらった言葉は、、、

夢を追う人を止める理由はない、頑張れ

だった。正直涙出そうやった。今ならわかる。自分が目をかけて育てて来た人材が理由は何であれ自分の元から去るというのは、、、様々な想いを抱かれての温かいお言葉やった。加えて僕の身の上まで心配してくれて「事務所やレコード会社は決まってるのか?食べて行けるアテはあるのか?今の給料捨てて踏み出すんだからある程度の目処は付いてるんだろ?」と。僕は即答した。

目処は付いてます!

完全に嘘付きました。ツテなし、知識なし、曲すら無かった状態でした。精一杯のウソ。心配かけたく無かった。上司は「そうか、それなら自分を信じて頑張れ!」と送り出して下さった。これまた今思うと、、、多分僕のウソはバレてた。あの瞬間にバレてた。それでも強い気持ちで夢を追いたいと伝えて来る若者の背中を押してあげたい、と思って下さったんじゃないかな〜?と振り返って思う。それくらい熱くて真っ直ぐで仕事だとめっちゃ怖いww上司でした。その後、僕がついたウソを真実に変えるのに4年かかった。デビューライブはもちろんの事、節目節目で必ず観に来てくれてCDも買ってくれてて、、、恩返ししたい人の一人。

会社の許可も頂き、名実共にミュージシャンとして歩き出す事になった青年庭瀬くん。1999年12月末日で退職、2000年よりN.U.として活動開始。新聞配達をしつつ朝刊夕刊配達以外の時間は全て音楽に注ぎ込んだ。先ずやったのがオーディションエントリー。ネットでオーディション探して当時あったオリジナル曲3曲を収録したデモテープをひたすら送り続けた。調べて送っての繰り返し。運良くファイナル進出出来たオーディションもあったけど何かが変わるわけでもなく、その内気付き始める。

自分で数字持たないと振り向いてもらえない

オリジナル曲を増やし、路上に立ち、ライブハウスに来てもらえる様にガムシャラに歌った。当時ストリートミュージシャンという言葉がもてはやされ空前の路上ブームだった。ある意味でいいタイミングだったのかも。退職する時に同僚から横浜だと関内の伊勢佐木モールで歌ってる人いるよ!と情報をもらい、そこで歌う事を決めた。

行ってみると本当に沢山の路上ミュージシャンがいた。新参者の僕らにとって「何処で歌って良いのか?」問題が発生。サラリーマン気質バリバリのN.U.なので先ずは常連の方々のシマを荒らさない様に!と思いすみっこで歌う事にした。やるからには最も効果を上げられる様に!と曜日と時間を決めて歌う事にした。

【毎週金曜日19:30〜@伊勢佐木モール】

これが活動初期のホームグラウンドとなった。この路上ライブから全てが始まったわけですが、後々分かったのが僕らの【路上ライブのやり方】がかなり特異だった。そしてそのお陰で5年間休む事なく毎週歌い続ける事が出来た。

その話はまた次回に!


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