【Podcast】自己肯定感が底をついてから長い。これからどうなる

ポッドキャスト『丹羽には、にわかに庭が広い。』は100回を迎えた。
毎月「2」のつく日のみ配信している10日に一回のペースが私には合っていたのだと思う。
もし毎週◆曜日更新!だったら、大学の前期後期の授業の変化の関係で続けるのが不可能になって、別な曜日にすればいいのだろうが、私の性格上◆曜日に囚われてしまい、別な曜日に配信するのは嫌になっていただろう。

声日記とは言いつつ、最近あった小さな出来事よりも重たい自分の考えを話していた。
現実で周囲の人には多くのことを話せないのに、独り言だから饒舌だった。
でも、ただの独り言とは異なり、マイクに向かって収録して少しでも「なんか」「ん-」を減らす編集をして配信している。
自己矛盾だ。
日記と言いながら聴いてもらっている、矛盾。
でも、矛盾ばかりでダメだなと思いながらも、回数を重ねるうちに感想やおたよりで居場所感を感じていくことができた。
瞑想(マインドフルネス)を試しても、上手に呼吸できていないんだ私は…と考え始めて集中できない私が、マイクに向かうことで自己に集中することができるようになっていった。
それでも、自分のすべてがわかったわけじゃなくて、わからないことがわかっただけで何も成長していない。

この第100回を配信した2024年8月22日の午前中に、就活支援をしてもらっている方に「あなたはやりたいことや何かの為だったら本気でできるはずだよ」と言われた。
就職支援をしてもらっている方は「今はやりたいと思うことだけやってみて」と付け足して言っていたけれど、私は動機を待っていたら動けないんだ。だから「~すべき」で動かなくてはならないと考えていた。
母には早く内定をもらうよう言われているし自分でも早くしないといけないと思って、「やりたいことも楽しいと思えることもない」と思うことにして、その場から帰った。
そうしないともっとダメになると思った。
その日の午後に、サークルに出かけて同世代の人たちが夏休みに旅行に行ったり習い事を始めたりしたと話しているのを見て、帰りの地下鉄でえげつないほど泣いてしまい、しゃがみ込んでしまった。
観光客の方に席を譲ってもらってしまって、空気を壊してしまったことが申し訳なくて、だけどそれでも涙が止まらなかった。
なんで泣いたんだろう、本当はやりたいことがあるんだと思う。
でも、自己肯定感が底をついてから長いからか、はじめは「できないからやらない」だったのが、「やってみたい/なってみたい」を口にすることすらできなくなった。
だから、もう今はやりたいことがわからない。

100回、なんとかできたことが不思議だ。

おたよりや感想に支えられている。
自分ひとりでマイクに向かって編集して、自分から表出した声と向き合った。
独り言でも良かったが、それでは自動思考に陥っていくだけでもっとダメになってた。
独り言声日記でも自分から外に出た声を誰かが聴いて、おたよりや感想で返答してもらえた。それは、ただ1人で自分と向き合うことよりもコミュニケーションができて、主観の中に誰かの意見をぽたぽた注いで、また自分と向き合った。
ネガティブから脱却しようとしてるけど、どうしたらいいかわからないという位置にいる。
わからない状態だという座標だけに黒い点が集まっているけれど、自分の状態に気づけた。
それだけで、ポッドキャストで音声配信をする意味があった。

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