自称、DI室にむけて
わたしは、いつからか「どうしてこうなのか」と調べて追及することに心の負担が少なかった。
それは、まだ国家試験に受かる前に事務として働かせていただいていたときのこと。 1日の終わりに、その日気になった処方箋を一気にチェックしてメモをしていった。
大学では典型的な処方・症例ばかりだったので、それから外れてるかのように見えた生の処方データは目を輝かせるかのように、かじりついていた。
「きみ、きっとDIの仕事が向いているのかもね」
ふと、データをメモしている私の後ろから、当時の管理薬剤師さんが呟いていた。
当時の私は、薬剤師国家試験に落ちて事務として働きながら勉強していた。最終的に免許を取れるかどうかわかっていなかった私にとっては、向いているかどうかは分からなかった。
あれから免許を取って、転職して、忙しい目の回る店舗で働いていた。
その時は、データを取る余裕はなかった。ただ目の前の業務を毎日毎日こなすしかなかった。
東京のある場所で、日本薬剤師会の学術大会が行われた。
今思えば、この時にお会いした方々のきっかけで、もう一度「やろう」という火がついたのかもしれない。
薬剤師には様々な業務がある。
外来、在宅、施設、さまざまな場所でコミュニケーションを取っていく。
私がその中で、やはり心の負担が少なかったのは、論文を読んでそれを活かしたり、自分で介入したデータを集めてまとめてみたり、調べものを模式図を作ったりしていたときだった。
その延長が、ビジュアルアブストラクトだった。
たぶん、おそらく、巷で言われている「対物から対人へ」の対物の方が、私の気持ちの負担は軽いのだろう。
でも、対人があるから対物があるのであって、対物があるから対人があるんだと思う。 片方だけのグラデーションを無くすことはできない仕事だから全部逃げずに、向きあおうと思う。
地域のDI室を目指して
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