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エラトステネース『カタステリズモイ』翻訳㉜オーリーオーン(オリオン座)

オーリーオーン

 ヘーシオドスは、オーリーオーンはミーノースの娘エウリュアレーとポセイドーンとの息子であると言う。彼には、大地の上と同じように波の上を行く力が贈り物として与えられた。彼がキオス島へ来たとき、酒に酔ってオイノピオーンの娘メロペーに乱暴した。それを知ったオイノピオーンは、容赦のない残虐なことを為して彼を盲目にすると、国から追い出した。レームノス島へやって来てさまよっていたオーリーオーンは、ヘーパイストスと親しくなった。彼を哀れんだヘーパイストスは、自分の召使いであるエーンダリオーンを、彼の案内のために与えた。オーリーオーンは、道を示してもらうため、エーンダリオーンを肩に乗せて運んだ。彼は東へと行き、ヘーリオスと親しくなり、彼に癒やされた。こうして、復讐を為すために、彼は再びオイノピオーンのもとへと赴いた。しかし、オイノピオーンは国民たちによって地下に隠されていた。オーリーオーンは彼を探すのを諦め、クレーテー島へと出発した。そして彼は獣を狩って暮らすようになった。アルテミスとレートーが彼に伴っていた。彼は、大地の上に生まれたすべての動物を殺すと誓ったという。彼に怒ったゲー(ガイア)は巨大な蠍を彼に差し向け、蠍はその針で彼を刺して殺した。こうして、アルテミスとレートーに頼まれて、彼の勇猛さのため、ゼウスは彼を星々のうちに置いた。同様に、彼の行為の記憶として、その動物(=蠍)もまた、星々のうちに置かれた。他方で、他の者たちはこう言う。成長したオーリーオーンは、アルテミスを求めた。彼女は彼に蠍を差し向け、彼は蠍に刺されて死んだ。彼を哀れんだ神々は彼を星座とし、その動物(=蠍)もまた、行為の記憶のために星座とした、と。
 
 この星座が持つ星は以下。頭に暗い星を3個、両肩に明るい星を1個ずつ、右肘に1個、手の先に1個、帯に3個、手に持った武器に暗い星を3個、両膝に明るい星を1個ずつ、両足に同じように明るい星を1個ずつ。星は全部で17個。

・ミーノースの娘エウリュアレー:エウリュアレーと言ってもゴルゴーンの一人とは同名の別人です。ミーノース王については「冠」の回参照。父はミーノースとあるのに母親の名前は伝わっていませんが、まあミーノース王は愛人がたくさんいたのでどこかの誰かなんでしょう。このエウリュアレー自体もオーリーオーンの母親という以外特に何もないほぼモブみたいなもんですし。なお、ヘーシオドスが言っているとありますが、これは『名婦列伝』でのことらしいです。
 
・大地の上と同じように波の上を行く力:ポセイドーンの息子ということで持っていた能力のようですが、描写はありませんがヘーリオスのところに行く際にも海の上を歩いて行ったんでしょうかね?
 
・キオス島:「蠍」の回参照。「蠍」の回ではオーリーオーンはこの島に出現した蠍に刺されて死んだことになっていますが、ここではクレーテー島で死んだことになっています。
 
・オイノピオーンの娘メロペー:オイノピオーンはディオニューソス(あるいはテーセウス)とアリアドネーの息子でキオス島の王(アリアドネーの結婚については「冠」参照)。ディオニューソスの子で、かつその名前の意味が「葡萄酒を飲む者」というところから分かるように、葡萄酒と関係が深く、キオス島民に葡萄酒の作り方を伝えたのは彼であるということです。オーリーオーンが酔って乱暴したというのもこの関係でしょうか。ちなみに彼の娘メロペーですが、同名のプレイアスたちの一人とは同名の別人です。
 
・容赦のない残虐なこと:なぜここで急に婉曲表現をしたのかわかりませんが、オーリーオーンの目を潰したということです。ちなみに、オイノピオーンはその際オーリーオーンを酔いつぶれさせてその隙に目を潰したとも言われています(つくづく酒に関係する人だ…)。
 
・レームノス島:エーゲ海の北にある島。かつては火山島だったため(現在は火山活動は止まっている)、鍛冶の神であるヘーパイストスの住む場所と考えられていたそうです。
 
・エーンダリオーン:他の写本では「ケーダリオーン」となっていますので、おそらく誤字だと思われます。ケーダリオーンは本文でもあるようにヘーパイストスの従者ではありますが、ヘーパイストスに鍛冶の技術を教えたのはこの人であるということです。軽い感じでオーリーオーンに付き添わせたけど自分の師匠じゃん…。
 
・レートー:アポッローンとアルテミスの母。レートー自体は狩猟に関する属性を持っているわけではないのですが、ここでは娘のアルテミスが狩猟の女神なので一緒に狩りをしているようですね。まあ、レートーはアポッローン・アルテミス兄妹の母としてセットで崇拝されたり図像に表されたりするので、ここでもそんな感じなんでしょう。


 オーリーオーンについては「蠍」の回で少し触れましたが、ここでも蠍に刺されて死んだことになっています。さそり座の説明もこれで済ませられるので、星座の神話としては蠍に刺されて死んだ説が主流のようですね。
 
 ここではオーリーオーンのイキりにガイアがカチンと来たことが死の原因になっていますが、「蠍」の回およびここで紹介されいる第2の説ではアルテミスを陵辱しようとしたことが原因となっています。他にも、アルテミスに円盤競技を挑んだから殺されたとか、女性を陵辱した罰としてアルテミスが射殺したとか、アルテミス絡みの死因に関するバリエーションは何パターンかあるようです。
 
 一方で、オーリーオーンとアルテミスは相思相愛であったというバリエーションもあるようです。その場合、彼と結婚することで妹が処女神でなくなることを危惧した(あるいは、単に妹との仲に嫉妬した)アポッローンが、遠くで泳いでいるオーリーオーン(水の上を歩く能力はどうした!)を指差して、あんな遠くの的に矢を当てるのは無理だろ?とアルテミスを煽ると、彼女はオーリーオーンと知らずに射殺してしまった、という筋書きです。
 
 神話にいくつかのバリエーションがあること、そして星座の神話というのは先に星座があって後付けで作られているということはこれまで何度か言いましたが、オーリーオーンに関してはそれが顕著なように個人的には感じてしまいます。
 
 いや、だって、ヘーラクレースやペルセウスみたいになんかすごい冒険譚があるとかでもなく、ただ死因がメインに語られてるってキャラとしてどうよ?って思いません?
 
 オリオン座はとても目立つ星座ですし、他の星座と比べて人の形に見えやすいですし、これをどうにか説明しようとして物語が作られた感がしてしまうというか、他と違って星座ありきの神話キャラというか。いや、オーリーオーンの神話自体が作られたのと、この星座がオーリーオーンと見なされるののどっちが古いか確かめもせずにこんな言いがかりみたいなこと言うべきではないんですけどね…。
 
 ただ、少なくともホメーロスの時代からすでにこの星座はオーリーオーンと呼ばれていたことは確かで、星座と結び付けられた神話としては相当に古いようです。