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紅葉狩

「知ってる?もみじもかえでも同じなんだよ。」
彼女は得意げにそう言った。

 僕と彼女が出会ったのは大学に入ってしばらくしてからだった。当時、僕には彼女がいた。そんなことお構いなしに「一回、付き合ってみる?」なんて軽口をたたく僕に「ないし。」と真顔で返す彼女がとても新鮮だった。
 僕は割とモテる方だったし、「いい人そう。」という僕から滲み出るイメージみたいなものが、まさか二股、まさか浮気と思わせるらしく、ある程度安心して会話ができるタイプらしい。と教えてくれたのは彼女と同じ時期に出会い腐れ縁となる梢だった。梢との話はまた別の機会にでも。

 だから「ないし。」と真顔で返し、会話を拒絶する女の子を新鮮に思い、目で追うようになる。彼女も徐々に「いい人そう。」というイメージが、あながち間違いではなくいい人であることに気づき、少しずつではあったけれど会話ができるようになってきた。

「今度、飲みに行こうよ。」
「う〜ん。時間があれば、私は結構忙しいから。」

「次のバイト終わりに飯行こうよ。」
「終電で帰りたいし、バイト終わったら終電まで30分しかないよ。」

「普段何してんの?学生?フリーター?」
「フリーター。あと就職活動中。私、美容師になりたいんだ。」
「あ、じゃ、昼間ランチに行こうよ。」
「大学生でしょ?学校行きなよ。」

 会話は増えたけれど、誘うとなると常にかわされた。この程度の「誘い」で断られることなんてなかったので、さらに僕は彼女に興味が湧いた。興味?執着?まぁどちらでもいい。なんとなく「好き」とはこういうことなんだろうなと思った。

「あのさぁ、別れよっか。」
「え?わかった。」

 付き合っていた彼女との別れはこんな感じで終わらせた。それはもちろん、彼女のことを「好き」だと思ったから、なんとなく付き合っているというのは良くないとケジメをつけたつもりだった。数日後、共通の友人から
「別れようって聞いた時、焦って思わず『わかった』って言っちゃった。」
ってことだよ。って言葉で本当に悪いことをしたと思った。もちろん、別れたことじゃなくて、気軽に付き合ったことを。

 前にもまして、彼女を誘うことが増えた。誘うことに躊躇が無くなったという感じだった。自分でも「いい人そう。」ではなく、ちゃんといい人だったんだと思った。一応、彼女持ちの時は躊躇していたらしい。まぁ、なんて勝手ないい人だと思う。

「じゃ、飲みに行こうっか。」

 何回、何十回と誘って、やっともらったOKに逆にびっくりして「あ、ああ、うん。」と答えたことを後悔した。

「今日は電車を気にせずに、タクシーで帰ろうと思うから、2人の中間地点っぽいところで飲もうかな。」
彼女からの提案。『帰る』ということを釘を刺された気分だけど、提案には乗った。

 僕らのバイトは千林商店街の入り口近くのビルにあるカラオケBOX。僕は京阪本線の萱島駅が最寄駅。彼女は京阪交野線の私市が最寄駅。
「じゃ、枚方で飲む?」
と、僕は提案したが、
「電車だとどうだけど、タクシーだと寝屋川あたりがいいと思うよ。」
と彼女は答えた。
 僕は田舎から出てきたところで、彼女はずっと実家暮らし。位置関係や距離感は全く分からなかったけれど、僕は彼女の提案に再び乗った。それに、僕は寝屋川市駅を最寄駅とする摂南大学に通っていたので、寝屋川という場所に反対する理由はなかった。が、ちょっとだけ僕の家の方が近いように思い男気に反する気がしたが、土地勘がないので諦めた。

 お金もそんなに無いということで、鳥貴族へ行くことにした。閉店も1:00なので約1時間半くらいの時間しかないのもちょうど良かった。万が一、話が合わない場合もすぐに帰れる。もちろん1:00に店を追い出されても、周りに5:00まで営業している居酒屋やバーも数軒あった。こちらも万が一盛り上がった場合の保険になった。

 僕らは予想外に盛り上がり、意気投合して2軒目に移動して5:00まで飲んだ。飲んだと言っても、そんなにお酒が好きではない2人なので、しらふを保ったまま話し続けた、という感じだった。

「またね。」
タクシーに乗り込む彼女を見送り『まるで別人』と思った。僕の家は、タクシーに乗るには近く歩いて帰るには遠い。結局僕は歩いて帰ることにした。途中、何度か歩いて帰ることに挫折したが、タクシーが通るような道でもないので、挫折しても歩くしかなかった。彼女との時間の余韻を楽しみながら歩いて帰った。歩きながら、酔いは覚めていき、頭がはっきりしてきた。やっぱり、今日の彼女は別人ぽかったなぁ。
「寒っ。」
9月も終わりになると、流石に夜中に歩いて帰るのは寒かった。

 家に着き、シャワーを浴びる頃には7:00にかなり近かった。大学生という自由な御身分の僕は今日は寝ようと決めた。布団に入り、もう一度、
「別人なわけはないからなぁ。」
「っていうか、普段、どれだけ警戒されててん。」
そう独り言を言って寝ることにした。

 次のバイトで出会った彼女は「ないし。」と真顔で返す彼女と同一人物だった。「ツンデレ?ギャップ萌え系?」
 困惑しながらも「バイト先ではプライベートは秘密な人なんだ」と一応納得してみた。もちろん、彼女にそう説明されたわけではない。

 何か『察した』気になっていた僕はバイト中はそれなりに接し、家についてから飲みに行った時に聞き出したLINEに連絡を入れた。

「おつかれ」
「おつかれさま」
「飲みに行った時とバイトの時でイメージ違うね」
「そう?どっちが好き?」
  やっぱりキャラ違うよなぁ。
「飲みに行った時も良かったけど、バイトの時の方かな」
「そ」
  地雷?
「嘘、やっぱり飲みに行った時」
「あ、そ」
  やっぱり地雷?
「今度、デートしようよ」
「いいよ」
  お!やっぱりツンデレ系?っていうか最近ツンデレとか言わないよな
「紅葉狩りに行こうよ。京都とか。」

 紅葉といえば京都。京都の紅葉といえば嵐山。関西地方の超田舎町出身の僕の乏しいイメージで嵐山に向かうことにした。

「おはよう。」
 京阪枚方市駅の構内で待ち合わせ、祇園四条駅へ。小腹の空いた僕らは朝食なのかランチなのか分からない時間にスタバに入った。そこから阪急河原町駅へ移動し阪急電車で嵐山に向かった。
 嵐山から渡月橋までのんびり5分くらいの道のり。

「おお。見たことある京都だ。」
「綺麗とか、来てよかったって感想の前にそれ?」
やっぱりイメージはちょっと違うけど、なんとなく『彼女』感があって、こっちの彼女の方が僕は好きだな。けど、違和感だな。

「誰?」
冗談ぽく僕は行った。

「知ってる?もみじもかえでも同じなんだよ。」
彼女は得意げにそう言った。

「え?」

「いつもそう。お姉ちゃんって本当にモテるんだよね。あんなに愛想ないのに。しかもあんなに愛想ないのに美容師になるとか言ってるし。おかしいよね。」
「え?どういうこと?」
「あっ。そうだね。たまに私たち入れ替わってるんだよね。あの日はお姉ちゃんが熱出して、でもお店忙しそうな日だからって私が代わりにシフトに入ったんだよ。そしたら渉くん誘ってくるんだもん。」
そういって、彼女は笑った。
「で、飲みに行ったら、面白いし、割とかっこいいし、いいなって。で、お姉ちゃんに紹介してって行ったら入れ替わりバレるから嫌だっていうからさ。あ、でもLINEくれたから今日はかえでじゃなくて、もみじだよ。」
「えっと。双子ってことでいいのかな?」
「そう。わかってるじゃん。」

「あ、でも明日からどうしようかな。お姉ちゃんは、いっつも私のやることを反対するんだよね。だから朝から喧嘩しちゃって。」
「仲直りすればいいだけだよね。」
「いつもはそうだけど、今日は違うんだよね。お姉ちゃん死んじゃったから。っていうか殺しちゃったから。」
普段の会話のように話すもみじが怖く、僕の方が真っ青になった。真っ青になっている僕に気がついたもみじはフォローするように言った。

「あ、だからかえでともみじは同じカエデ科カエデ属で同じなんだよ。かえでともみじを分けて考えるのも日本くらいだしね。」

「戸隠山の鬼か。」
僕はもみじには鬼がいることを思い出した。

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