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カブトムシ

部屋の前にカブトムシが落ちていた。
アパートの2階には5部屋ぶんの扉があるのだが、このうち4部屋の前に1匹ずつ。すべて雌のカブトムシだった。

虫が嫌いな私は、帰宅してすぐ、いやだったよお、という気持ちを込めてソファに横たわった恋人に報告した。彼は私の「いや」の気持ちなど知らんぷりで、次の瞬間には飛び起きて、玄関に向かっていた。


「おお、本当だ」

ドアを開けてすぐ、明かりの下でぽつんと居座っているのを認めて、嬉しそうに言う。カブトムシは私が見たときと変わらない位置でじっとしていた。

彼はカブトムシを前にしゃがみこみ、指でつついてその生死を確かめた。私は身構えたが、僅かに身じろぎするばかりだった。

「弱ってるのかな?」
「いや、カブトムシは大人しいんだよ」

彼は右手に一匹、左手に一匹、カブトムシを持って、丁寧に階段を降りていった。私は、その手の中の生き物がいきなり騒ぎ出した時のために、少しの距離を置いてついていった。


私たちの住むアパートの裏に、農家の所持する竹林がある。その竹林の手前にある木の幹に、彼はカブトムシをそっと置いてやった。
カブトムシは細長い脚をしっかりと幹に刺し、確かめるように歩き出した。

「この木が丁度いいんだよ。蜜が出てさ」

満足そうに言った。

それから、あとの2匹のためにアパートから竹林までをもう一往復。

先程連れてきてやったはずのカブトムシは既に暗闇の中に紛れていて、その姿を認めることはできなかった。


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