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裂き子さんのレビュー:店舗公演の良さがぎゅっと詰まった作品

「ぎっしり詰まっている」という意味の英語の表現に「jam-packed」というのがあります。
「裂き子さん」は店舗公演としては短いプレイ時間の中で、まさにさまざまな要素がぎゅっと凝縮された「jam-packed」な作品です。
ホラーというテーマが相まった店舗作品らしい体験、小品ながらもやりごたえのある推理と犯人探しで、初心者からベテランプレイヤーまで幅広い層が楽しめます。

店舗公演でプレイヤーが求める体験の1つに没入感の高さがあります。ここでいう没入感とはキャラクター造詣やロールプレイに限らず、総合的にゲームの世界観へ入り込めるということです。
オンライン作品はどんなに内容が凝っていたとしてもモニター画面の中に収まっていますし、パッケージ作品も会場の選定から演出までこだわったとしても、素人が1回限りのプレイでできることには限界があります。
その点、店舗公演であれば会場の装飾、BGMやSE、GMのプレイングと総合的にコストをかけて、演出にとことんこだわれます。空間全体をゲームの舞台に変える「モブX」が最たるもので、「裂き子さん」もそこまでではないものの、非日常的な体験、ハレとケのハレの場を味わうことができます。

ホラーという題材と総合的な演出の相性の良さもあるでしょう。凝れば凝るほど体験に深みを増すことができるテーマです。
もちろん「裂き子さん」はホラー体験そのものではなく、あくまでホラー風であって、本質的には「犯人探し」をするマーダーミステリーであることはブレていません。
論理的に謎を解き明かしていく「推理」と謎が謎のまま残る未知こそが恐怖の根源となる「ホラー」は両立が非常に難しいジャンルです。「裂き子さん」でもホラーは味つけにとどまっています。
といっても味つけ次第で素材の味は変わるもので、プレイヤーたちが置かれている特異な状況、犯人探しをする意味といった、全体的な雰囲気や世界観をうまく構築することに成功しています。

ここで併せて、どの程度のホラーなのかということに言及しておきましょう(人によっては最も知りたい要素でしょう)。
辛さであればスコビル、お酒であればアルコール度数で定量的に計測できる一方、ある作品がどれくらい怖いかは個人のそれまでの経験に拠るところもあって定量化できないので難しくはありますが、「ホラーが苦手という方が怖がる程度には怖いものの、怖がりの方が恐怖でプレイできないとか途中でリタイアすることはない」です。
ホラーが苦手な人にホラー系の脱出ゲームは(本格的に怖いので)まったくおすすめできませんが、「裂き子さん」であれば多少の恐怖は感じたとしても楽しめるはずです。

楽しいと感じるためには「緊張の緩和」が必要です。緊張したまま(ホラーでいえば恐怖を感じっぱなし)では楽しいと感じる余裕がありませんし、緩和したままでは刺激が一切なくて物足りなく感じます。
「裂き子さん」ではホラーはあくまでテイストなので、ホラーが苦手な方も緩和できるでしょう。また怖いのが平気な方もホラーの雰囲気を感じる程度には刺激があります。

肝心の推理に関してですが、プレイ時間が短いということもあって、幾層にも折り重なった伏線を解き明かしていく本格的なものではありませんが、情報量はそこそこあってプレイしごたえのある犯人探しが待ち受けています。
初心者がお手上げということはないでしょうが、ベテランだから楽勝というわけでもなく、幅広い受け口の程よいバランスです。
また犯人探しにおいては一般的な演繹的手法とは異なる思考が有効になります。
これは「裂き子さん」の作品構造から要請されるもので、推理の定石そのままでは犯人にたどり着くのは難しく、ほかの作品に類を見ないスタイルがユニークです。
だからといって前衛的でも初見殺しというわけでもなく、マーダーミステリーとしてスタンダードな要素とオリジナリティが程よくミックスされています。

一方で「jam-packed」な弊害もあって、犯人に至る推理の道筋が細く、論理連関にも飛躍があります。
犯人探しをジグソーパズルに喩えるなら、一般的な作品ではピース同士がきっちりかみ合って1人の犯人像が浮かび上がるのですが(個人の事情ですべてのピースが場に出るとは限りませんが)、本作ではかみ合わせが緩くてぴったり嵌まりません。
キャラクターにもストーリーありきのご都合主義的な行動がところどころに見られます。犯人探しに支障があるわけではありませんが、キャラクターの行動に不可解と感じる部分があれば没入感の妨げになります。

またこれは作品というよりもGMの進め方になりますが、プレイヤーの目標の答え合わせがなく各自のお任せになっていました。イマーシブな体験はマーダーミステリーの重要な要素の1つではあるものの、ゲームである以上は競争の要素もあります。
点数にこだわっているプレイヤーもいるので、この点はおろそかにしない方がよいでしょう。
ただし全体としては、いで立ちから作品の雰囲気にマッチしたプロらしいGMだったことは付け加えておきます。

推理とキャラクター造詣に惜しいところはあるものの、全体の評価を大きく下げるほどではなく、むしろ総合的には初心者もベテランも楽しめる作品に仕上がっています。

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