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モブXのレビュー:止揚しないのであればオッカムの剃刀を持ち出すべき作品

「誰が勇者を殺したか?」や「かぐや姫と月夜の殺人事件」、「疑惑のカクテル」などのロストプロダクト(シンジュクジンチ)の系列に連なる作家性は「モブX」でも見られ、良くも悪くもマーダーミステリーと脱出ゲームが組み合わさった作品となっています。
そして残念ながらマーダーミステリーと脱出ゲームという別のジャンルを組み合わせたことで止揚できたとは言い難く、化合物ではなく混合物にとどまっています。
正直なところ、この作品には脱出ゲーム要素は不要です。
一方でここまで空間を演出している作品はマーダーミステリーでは初めてで、「劇的」という言葉にふさわしいこだわりが感じられます。

マーダーミステリーの重要な要素として没入感があります。
没入感を高めるため、ハンドアウトによるキャラクター作り、世界観に合わせた衣装、小道具やコンポーネントを各作品が工夫していますが、「モブX」ではプレイする会場そのものが作品の舞台を再現しています。
会場へ足を踏み入れたその瞬間からプレイヤーは作品の中へ立ち入っていて、調度類から小物に至るまで、物語に合わせて作り込まれています。
テーブルの上にマップとカードが置かれていてプレイヤーが情景を想像しながらプレイするのと、実際の現場に立ってプレイヤーがキャラクターとなってあちこちを探しまわるのとでは、臨場感はまったく違います。
脱出ゲームではルーム型と呼ばれる部屋全体が謎解きの場となっている作品がありますが、「モブX」もまさに「ルーム型マーダーミステリー」です。

それだけにマーダーミステリーと脱出ゲームがうまく融合できていないことが残念です。
マーダーミステリーと脱出ゲームという異なるゲームが1つの作品の中に存在すること自体は問題ではありませんし、むしろ2つがうまく組み合わせられれば、それぞれを単体でプレイしただけでは得られない革新的な体験が味わえるでしょう。
そこには新たなエンターテイメントが生まれる大きな潜在性が秘められています。
しかし「モブX」はそこまで昇華できておらず、ただ2つが並列になっているに過ぎませんし、2つを融合させて何か新しいものを生み出そうとする実験作とも感じられませんでした。
むしろそれぞれが中途半端な出来になっています。プレイヤーとしても短時間の中に詰め込まれすぎていて、1つ1つの要素を楽しむ暇がありません。

脱出ゲームの要素は作者の趣味性、あるいは作家性と言われればその通りではありますが、正直なところすべてオミットしてしまってまったく問題ありません。
「劇的マーダーミステリー」と名乗っているからには主はマーダーミステリーであるはずです。
であれば、せっかく用意した劇的な舞台をもっと堪能できるような作りにしてほしかったですし、そうすれば深い感動を味わえるでしょう。

「高校を卒業して12年後、30歳になったキャラクターたちが集まってタイムカプセルを開ける」という状況だけで情動的な要素を十分に秘めていますし、それを支える要素もたくさん含まれています。
ただ忙しすぎて1つ1つを吟味することができません。
だからこそ感動的な演出も心に響くことはありませんでした。

マーダーミステリーを制作するのであればマーダーミステリーに必要な要素だけに厳選すべきですし、脱出ゲームを制作するのであれば脱出ゲームに必要な要素だけに絞るべきです。
止揚ができないのであれば、取捨選択して欲しかったところで、マーダーミステリー好きとしても脱出ゲーム好きとしても中途半端なものに終わってしまっていて、意気込みを感じるだけに非常に残念です。

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