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ニジカケヌのレビュー:重厚ながら納得感に欠ける作品

マーダーミステリーはミステリー(推理小説)と同じかと言われると、「殺人事件の犯人探し」が根底にあるため重なっている要素はかなりあるものの、推理小説の手法がそのまま使えるわけではありません。
推理小説の文法で作られたマーダーミステリーが必ずしも良作になるわけではありませんし、逆に推理小説の作法から外れているマーダーミステリーの中に傑作もあります。
とはいえミステリーはやはりミステリーであり、最も重要なのが犯人特定に至るまでのプロセスの「納得感」であることは変わりありません。ノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則といったルールも、納得感を損なわないためにあります。

「ニジカケヌ」はデザインやコンポーネントがマーダーミステリーの中でも屈指の贅沢なクオリティですし、キャラクターや推理は重厚な作りです。
しかしながら「犯人探し」というマーダーミステリーの根本の部分で推理小説の作法から外れすぎていて、プレイヤーの納得感が失われてしまっています。
マーダーミステリーの三要素についても重厚すぎて、あれもこれもと欲張っているため全体のバランスが取れていません。

「犯人探し」に関しては情報量がかなり多くて複雑で、ベテランのプレイヤーでもうまく情報を整理してプレイヤー間で共有できないと推理に手こずるレベルです。
単純にハンドアウトの記述やカードの枚数が多いということではなく、カードの情報量が多い上に一定の手順を踏む必要があります。それが直感的には理解しづらく複雑さにつながっています。初心者や推理が苦手な人は推理以前に状況を追いかけるだけで手いっぱいでしょう。
とはいえ犯人探しのプロセスが複雑というだけなら、初心者には敷居が高いとしても本格的な推理が好きな中上級者向けの作品として、むしろ好まれたかもしれません。

しかしながら「ニジカケヌ」では犯人探しの推理以外の要素も重厚な作りになっています。
「個人目標」はかなりしっかり設定されていて達成のためには立ち回りを慎重に考慮する必要があり、「没入感」においてもキャラクター造詣や個々人の物語が作り込まれていて、個性豊かなキャラクターたちが登場します。
それぞれのこだわりは決して悪いことではなく、むしろ作品のウリになる本格的なポイントです。しかし三要素のどれもが深みがあるばかりに、全体としてはかえってバランスを欠いています。
プレイヤーがゲーム中に消化できる量は決まっているのにキャパオーバーを起こしており、結果的にどの要素も消化不良でじっくり堪能することができません。
あれも入れたい、これも入れたいという作者の想いがあふれるのは心情的に理解できますが、足していくだけでなく引いていく決断が必要です。
いっそコンセプトを絞って、3つの作品を出してもよかったのかもしれません。

三要素に関しては決して悪い点というわけではなく、1つ1つのクオリティは評価できます。しかし犯人探しについては、はっきり出来が良くないと言えます。
オンライン、オフライン含めて数々の作品をプレイしてきましたが、これほど納得感に欠ける作品はありませんでした。
事実は小説より奇なりという言葉がありますが、逆にいえば小説=フィクションではある程度の合理性が求められるということでもあります。現実は非決定論的でカオスな世界ではありますが、フィクションの世界は決定論的であるべきです。論理連関に断絶や飛躍があるとご都合主義と評されてしまいます。
もちろんご都合主義がすべて悪いというわけではありません。主人公はピンチに陥ってから(どんな解決法であれ)窮地を脱するからこそドラマとして成立しますが、そこにはメタ的に俯瞰した際の理由づけが存在しています。
しかし本作においてはそれすらも感じられず、ミステリーとして成立していません。

またこれはすぐに修正できる点ですが、ゲーム終了後の解説を中心にGMの進行も改善の余地があります。
プレイヤーがゲーム終了後に知りたがるのは、各キャラクターがどういう人物でどういう目的を持っていたのか、そしてどうすれば犯人を論理的に探すことができたのかです。
これらが解説されることで、たとえ結末がベストではなかったとしても、そんな事実があったのかというサプライズであったり、こう動くべきだったという悔しさが想起され、感想戦がより盛り上がります。
いまやGMのレベルも上がっていますし、有料の公演であるからにはGMスキルもプロとしてのクオリティが求められます。

「ニジカケヌ」は要所要所で意気込みを感じられるのですが、ややもするとそれが作者の独りよがりで終わっています。
プレイヤーがなにをもってマーダーミステリーを楽しむのか、満足するのかを再考する必要があるでしょう。

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