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パン屋を初日でクビになった話

パン屋で働くことに決まった俺は、貴婦人からもらった土産のメロンパンを持ってウキウキで帰路についていた。何もかもが透き通って見えるほどの最高の気分。いつもは「汚ねえ!あっちいけ」と思っていた繁華街に群がる野良犬にも、もらったメロンパンを一個分けてあげるほど余裕のある心を手にした俺は、寮に帰ってくると、いつもの仲間を集めて、もらったメロンパンを皆んなに振る舞ってパーティーしていた。
「まーしょーみ余裕やったわ!やっぱ留学って語学力じゃなくてコミュ力やな!」と、あたかも外国人のオーナーと契約を結んだかのような話し方で留学仲間にカマすイキりきった俺。
「すげぇなほまれ!てか、パン屋って廃棄めっちゃ出るやろ?それ語学学校でめっちゃ売ろうや!ガハハ!」と、こいつ赤道に倫理観でも置いてきたんかと呆れるほどのバカ丸出しの友達。そんな感じで夜も老けて、酒もいい感じに酔い出した頃、友達の1人がこんな事を言い出した。
「てかさ、お前メロンパン屋で働くんやったら、その髪型リスペクト無くない?金髪坊主やろ!ちょっとでもメロンパンに近づけや!」
「確かに!その通りやん!ガハハ」
今思えば、何がその通りなのか何がガハハなのか1ミリも理解出来ないが、その時の俺は最高潮に浮かれていた為、気がつくと近所のスーパーにブリーチを買いに行き、バリカンで頭を丸めていた。
 そして迎えたバイト初日、前日のブリーチのせいで頭皮のヒリヒリした痛みも取れないまま出勤すると、先日とは違った髪型の俺を見て同僚のフィリピン人が、
「ワーオ!サクラギィ!ナイスヘアー!」
と、最高の出迎えをしてくれた。
多分このフィリピン人が言うサクラギとはスラムダンクの桜木花道の事を言っているのだと思い、
「いや、桜木は赤髪やろ!漫画でしか読んでへんやんけ!」
と言いたかったが、英語がわからないので、
「サンキュー!ハハ!」とだけ返しておいた。
まーでも同僚も良い奴そうやし、楽しい事間違いないと、これから始まるパン屋での日々に胸を高まらせながら初日の研修に食らいついていた。そしたら昼頃、1人の日本人の男が店に入ってきて俺に話しかけてきた。
「こんにちわほまれくん。妻から話は聞いています。わたしがこの店のオーナーのミトです」
どうやらこの人がこの店のオーナーで、俺を受からせてくれた貴婦人の旦那らしい。
「あ、こんにちわ!今日から働かせてもらってます!よろしくお願いします!」
「ところで、ずいぶん派手な髪型ですね」
とミトさんが言うと、俺は待ってましたと言わんばかりに
「そーなんです!せっかくメロンパン屋で働けるんで、髪型もよせてきました!」
カマしてやった。「これでファーストコンタクトは完璧。この夫婦を虜にしてやるぜ」と内心余裕を漕いでいたが、ミトさんの反応は思ってもいなかった。
「ごめんなさいほまれくん。僕たちは典型的なイメージの日本人を雇いたいです。ここでは個性は必要ないです。今日中に黒髪に戻すか、ここを辞める、どちらかを選択してください」
開いた口が塞がらなかった。今回ばかりは俺が出っ歯だからではない。確かな驚きで開いた口が塞がらなかったのだ。「え?なんで?めちゃくちゃキレてるやん。ほんで静かにブチギレるタイプの人やん」と思い、めちゃくちゃ動揺したが、俺にも思う部分があったので会話ではあり得ないくらいの間が空いた後に口を開いた。
 「では辞めさせていただきます。日本から出てきて、海外でいろんな常識が良い意味で破壊されていって、やっと親しめてきたのにまさかここにきて日本特有の凝り固まった考えにぶち当たるとは思ってもいませんでした。短い間でしたがお世話になりました」
 「わかりました。では、また黒髪に戻った上で、ちょっとでも働きたいと思ってくれたらいつでも戻ってきてください」
 「はい。では失礼します」
そう言い残し、俺は店を出た。やっと頭皮にブリーチのヒリヒリが慣れてきたと言うのに。
「やっぱ俺にはパン屋なんて向いてなかったなー」なんて考えながら歩く帰り道。初日でバイトをクビになった俺の心は、意外にも清々しかった。「あいつらなら今日のこと笑ってくれるかな、ジュースでも買ってあいつらに今日の事話そう」そう思いスーパーに入り、友達の分のジュースとポテチをもってレジに並ぶ。
「キャッシュ オア カード?」
「カード」
「ソーリー ディスカード キャントユーズ」
そーだった。俺の口座には82円しかなかった。「え、どーしよ?どーやって生きていくん?なんか最後オーナーにイキって辞めたけど1円もないやん?土下座でもして働かせてもらった方がよかったやん?」この人生がゲームなら、即リセマラをしてるほど生き方が下手くそで呆れるが、ぶち消しボタンなど無く、悩んでる暇などもないので、寮に着くなり友達に金を借りて黒染めを買いに行った。「なんて短い金髪人生なんや。レディーガガでももうちょい髪色変えんのためらうで。」なんて思ったりもしたが、お金を稼がない事にはどーしようもないので、黒に戻してその日のうちにパン屋に謝りに行った。
「勝手に規則を破ってしまいすいませんでした!もう一度働かせてください!」
さすがにミトさんもびっくりしていた。でもそれは「こいつ帰らしたその日に謝りに来て偉い」のびっくりではなく「こいつあんなに啖呵切っておいて何の恥も忍ばんやん」の顔だった。でも、ミトさんはやっぱり優しくて
「分かってくれてありがとう。これから一緒に頑張ろう!」と言ってくれた。
 結局そっからは、留学を終えるまでの半年以上は馬車馬のように働いた。同僚のフィリピン人とほぼ殴り合いの喧嘩したり、ギャングみたいな客に気に入られて無理やり大麻を渡されたり(※マルタは合法)、色んなことがあったおかげで楽しく過ごせたし、時給が680円なとこ以外は何一つ不自由なかった。色んな客と話せた効果か、1番下だった英語のクラスも上から2番目まで成り上がった。もう一生分のメロンパンを食べたから、あれからメロンパンは食べてないけど、またいく機会があれば行ってみたい。
皆んなもマルタなんて行く機会無いと思うけど、あればぜひ立ち寄ってみてください

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